第八話 最強の陰陽師、魔物を助ける 後
イーファに連れられるがまま、ぼくは屋敷の敷地の端っこまで来てしまった。
当のイーファは、足を止めて何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回している。
「あっ!」
短く声を上げて、イーファが一本の大きな木の根元に駆け寄った。
「セイカくん、これ……っ」
「これって……」
そこに横たわっていたのは、翡翠色の毛並みをした小さな動物だった。
子猫ほどの大きさで、太い尾。その額には毛色と同色の宝石が嵌まっており、微かな力の流れを感じる。
ただ傷だらけで、その毛並みの半分以上が土と血で汚れていた。
「これ、あや……じゃなくて、モンスターか?」
「うん。たぶんカーバンクルの子供だよ」
そういえば屋敷の書物の中にこんな動物の挿絵があった気がする。
「きっと、フクロウかカラスにやられたんだと思う」
「モンスターが普通の動物に襲われるのか?」
「え、うん。小さいうちは弱いし、そういうこともあるみたい」
「セイカくん……この子、助けられないかな」
イーファがぼくを振り仰いで言う。
そういうことか。でも、うーん……。
「そうだなぁ……」
前世で人間や犬猫、家畜などを治療したことはある。
が、こんな初めて見る生き物、しかもモンスターなんてものを治す自信はあまりない。
ただ、だいたい何にでも効く術というのがあるにはあった。
「わかった。うまくいくかわからないけど一応やってみるよ。でも見られてると集中できないからあっち向いてて」
「え? う、うん」
ぼくはカーバンクルの体から、血に濡れた毛を一本抜く。
そして、持っていた一枚のヒトガタにそれを貼り付けた。
呪力で上から文字を追記。
印を組み、小声で真言を唱える。
「――――ओम् ह्रीः स्थानान्तरण त्राः न्यूनम् दशा स्वाहा」
術が働き、カーバンクルとヒトガタに変化が起き始める。
そして――――、
「終わったよ」
あちこち破れ、黒ずんだヒトガタを
顔を戻したイーファは目を見開く。
カーバンクルは体を起こし、舌で体に付いた血を舐めとっていた。
まだ弱々しいものの、さっきよりはずっと元気になっている。体中血だらけなのは変わらないが、傷はだいたい塞がっているはずだ。
「な、なんで? すごい! ……あっ」
イーファが手を伸ばすと、カーバンクルは動物らしい動きで、弾かれたように森へと駆けていく。
最後に一度振り返り、しばらくぼくを見つめた後、木々の陰へと消えていった。
大丈夫そうだな。
「今の……もしかして、セイカくんが治してくれたの?」
「うん。思ったよりうまくいってよかったよ」
「セイカくん、治癒の魔法が使えるってこと!?」
え?
「す、すごい! わたし、そんなことできるの大きな街にいるような光属性の魔術師だけかと思ってた!」
「あー……はは」
笑って誤魔化すぼく。
あ、あれ? 魔法で治してほしいって意味じゃなかったの?
というか……。
傷病の治療って、呪術に求めるものの最たるところなのに、それができる魔術師が大都市にしかいないのか? 教育機関まであるのに?
この世界の魔法はよくわからない。火とか風とか出すより先にやることあるんじゃないか?
「セイカくんはすごいね」
イーファが静かに言った。
「前は魔力を持ってないって言われてたのに、今じゃルフト様やグライ様と同じくらい魔法が使えて……ううん、それだけじゃなくて、昔からいやな思いをしても全然めげなくて。強いんだな、って思ってた」
いやな思い……?
そんなことあったかな? 次兄に呆れたことは何度もあるけど。
むしろこの八年間はずいぶん気楽だった。
飢える心配も命を狙われる心配もない、弟子の心配もしなくていい環境は久しぶりだったからな。
ずっと居たいとは思わないけど。
「あー……そうかもね。でもそれはイーファも同じだと思うよ」
「え?」
「ほら、ぼくがグライ兄にいじわるされてた頃、イーファはよく隠された服とか靴とか見つけてくれたじゃない。そのせいでグライ兄に目を付けられてからも関係なくさ。あれでぼく、すごく助かったんだよ」
これは割と本心だった。
今日のカーバンクルのこともそうだけど、この子には意外と芯がある。
「本当に強いってそういうことだと思うな」
「え、わ、わたしなんて全然! あんまりそういうのに気づかなかっただけだよ。わたし、にぶいから。ぼんやりしてるってよく怒られるし……それに物を隠されてた時だって、わたしが気づくより先にセイカくんが見つけちゃってることも多かったし……」
そりゃ自分で探す時は
「わたしは生まれもよくないし、取り柄もないし……全然、同じじゃないよ。セイカくんみたいに特別じゃない」
「はは、生まれがよくないのはぼくもだなぁ。それに……イーファも特別でしょ」
「え……?」
ああ、やっと本題その一だ。
「君、普通の人には見えないものが見えてない?」
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