第三話 最強の陰陽師、紙を作る


 早くも四年が経ち、ぼくは七歳となった。


「……」


 屋敷から少し離れた山林に立つ、真夜中の森小屋。式神が放つ微かな光の中、ぼくは黙々と大きなへらで巨大な鍋をかき混ぜる。

 明らかに七歳児の行動じゃない。ド直球で怪しい光景だが、見つかるわけにはいかないからこんな時間にやっていたりする。


 静かな場所での単純作業は、考え事がはかどる。


 あれからいろいろなことがわかった。


 ここランプローグ領を内包するウルドワイト帝国は、やはりかなり強大な国だった。

 文化などは前世の西洋に近い感じだったが、それを超える文明レベルで、平和で、そして豊かだ。


 各地を治める領主はいるものの、帝国の持つ直轄軍の力が強いために軍役は課されていない。領主の仕事は経営が専らで、領地を巡った争いなども禁じられていた。

 そのあたり、前世にあった帝国と比べるとずっと穏やかだ。


 ただ、それでもやはり脅威はある。

 それが、モンスターと魔族だ。


 モンスターは、前世にいたあやかしのようなものだ。時折人間を襲う怪物。ただその死骸は資源にもなるので、妖よりは役に立つらしい。

 そして魔族とは、帝国領の外側に広がる魔族領を治める、人間と敵対する者たちのことだ。聞くところによると、モンスターに近い人類なんだとか。


 普段は各地に駐屯する帝国軍の部隊が、国境沿いに睨みをきかせ、ついでに厄介なモンスターを討伐しつつ(さらについでに野盗なんかも狩りつつ)、平和を維持している。


 ただ、それでもすべてのモンスターを相手にできるわけではない。だから街によっては自衛のための戦力を持っていたり、冒険者を囲っていたりした。ランプローグ領にも治安維持を兼ねた自警団がいる。


 自衛と言えばだが――――この世界には独自の魔法体系がある。


 四属性魔法というのがそれで、全体を火、水、風、土に系統分類するかなり実存に近い魔法体系らしい。

 実際にはそれに加えて光と闇属性があるようだったが……なんとなく、ぼくの開発した陰陽五行相の術に近い気がする。


 こちらの魔法には少し思うところがあるが、いずれきちんと学ぶこととしよう。

 きっと得るものがあるはずだ。


「でも……まずはこっちだな」


 大鍋を見下ろす。

 この後の重労働を考えると溜息が出た。


 ぼくが今作っているのは紙だ。


 式神の媒体となるヒトガタを作るのにどうしても要るのだが、こちらの世界でも紙は貴重品で、子供の身分では気軽に手に入らない。

 だから自分で作ることにしたのだ。


 作り方としては、まず原料となる草を適当に裂き、高濃度の金気を含ませた強塩基アルカリの水で煮る。それから繊維だけを取り出してよく叩く。つなぎとなる植物を加え、ドロドロになったものを型に流し込んでよく乾燥させる。以上だ。


 ぼくは運がよかった。前世で呪符の素材にこだわるために製紙を学んでいたこともそうだが、本来の原材料であるコウゾやガンピの代わりになる草や、つなぎであるトロロアオイ代わりの木の実をこちらで見つけられたのだから。

 まあ見つけるまでと、道具作りでめちゃくちゃ時間はかかったけど。


 作業自体は重労働で子供の身にはきついが、仕方ない。できるだけ術と式神を使って楽してはいるものの、何から何までというわけにはいかないからね。


「……ん」


 口の中に違和感。

 ぐらぐらしていた歯を舌で押すと、すんなり抜け落ちた。

 乳歯を吐き出して手のひらに乗せる。ぼくはそれを確認し、にんまりと笑って衣嚢ポケットにしまった。


 歯も立派な呪術の道具となる。

 転生は前世で試せなかったことを試す良い機会だ。


 ヒトガタをたくさん作れれば、できることも増えていく。

 第二の人生は順調だった。

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