第四話 最強の陰陽師、魔法を使う 前

 朝。


「あれ?」


 外套を取り出そうとクローゼットを開けたぼくは、首を傾げる。


 ない。

 おかしいな、昨日確かにここにしまったはずなんだけど……。

 あ、まさか。


「――――セイカくん、セイカくん」


 小さな声に振り返ると、女の子が一人、ドアの隙間からぼくを見ていた。

 くすんだ金色の猫っ毛。年も背も、今のぼくと同じくらいの少女。


「なに? イーファ」

「あの、これ……」


 俯きがちに差し出されたのは探していた外套だった。

 よく見るとところどころに小さな葉っぱや枝がついている。やっぱりな、とぼくは内心溜息をつく。


 たぶんグライの仕業だろう。

 あの糞餓鬼っぷりは四年経っても健在で、今までことあるごとにぼくを見下し嫌がらせを繰り返してきたのだが、毎回さりげなく式神で仕返ししていたせいか最近では警戒していて、もう直接なにかをしてくることはなくなっていた。

 で、代わりにやり始めたのがぼくの私物を隠すとか壊すといったみみっちすぎるいたずらだ。


 三つも下の弟にやることか?

 次兄の人間性がさすがに心配になる。


「ありがとう、イーファ。探してたんだ」


 ぼくがお礼を言って受け取ると、少女は俯いてしまう。


 イーファはランプローグ家が持つ奴隷の娘だ。

 奴隷の生んだ子も当然奴隷なのだが、屋敷に住まわせるような奴隷は待遇が良く、扱いも使用人と大して変わらない。この辺は前世の西洋と似ていた。

 たぶん大農園や鉱山に使われるような奴隷が悲惨なのも変わらないんだろうけど。


「でも、毎度よく見つけられるね」


 隠された物をイーファに見つけてもらうの、これで何度目だろ。


「それは……えと、たまたま……。セイカくん、こんなのやっぱりひどすぎるよ。わたし、旦那さまに頼んでみる。そしたらグライさまだってやめてくださるかも……」


 イーファが抑えた声で言う。

 聴いててわかるとおり、この子はぼくに対してだけは尊称も敬語を使わない。最初は奴隷にもなめられるのかとげんなりしたものだったけど、どうやら年の近い自分だけでもこの除け者の子と仲良くしなきゃと思ってのことだったらしい。


 泣ける。この家の数少ない良心だ。


 ぼくは笑ってイーファへと言う。


「大丈夫だよ」

「でも……」

「ほんとだって。これくらい平気だから」


 実際、こんなのかわいいもんだ。

 師匠に弟子入りしていた時期なんて兄弟子達に本気で殺されかけたからな。

 まあ最終的にはぼくが全員呪い殺したけど。


「ううん、でも、わたしやっぱり……」

「セイカ! おまえ、なにやってんだそんなところで!」


 突然の大声に、イーファはびくりと肩を震わせた。

 次兄のグライはどすどすと大股でぼくらに迫ると、イーファを睨みつける。


「おい奴隷! こんなところでなにさぼってんだ! 父上に言いつけるぞ!」

「も、もうしわけございませんっ」


 イーファは怯えたように頭を下げ、逃げるように去って行く。

 グライは鼻を鳴らしてその背から目を離すと、ぼくの持つ外套を見て、それから舌打ちしそうな顔で言った。


「また外で草遊びか? 妾の子はいい気なもんだな! 魔法の勉強なんてしなくて済むんだから。おっと、そもそもしたくてもできないのか」


 それから、グライは性格の悪そうな笑みを浮かべて言う。


「ま、好きにすればいいさ。おまえはどうせ、将来この家を追い出されるんだからな! どうするんだ、セイカ。行き先なんて軍くらいしかないぜ?」

「帝国の軍に入れるの?」


 じゃあいいじゃん、と思うぼく。

 飢えるよりずっとマシだ。直轄軍なら待遇もよさそうだし。

 まあぼくが入軍することはないと思うけど。


「なに安心してんだ。おまえ、知らないのか? 軍ではゲロ吐くほど訓練させられて、しかも上官の命令にはぜったい従わなくちゃいけないんだ。相手が平民だったとしてもだぞ?」


 ぼくは反応に困る。

 いや、そりゃそうだろ。軍なんだから。

 むしろその二つを徹底しないと本番で死ぬぞ。


 黙ったままのぼくが怖じ気づいたとでも思ったのか、グライは明らかに調子に乗った声音になる。


「おまえは今から剣でも練習しておけよ。ま、おまえみたいなチビはどうせ初陣で死ぬだけだろうけどな!」

「身長はこれから伸びるよ。それより、グライ兄はどうするのさ」

「あ?」

「家はルフト兄が継ぐでしょ? 追い出されるのはグライ兄も同じじゃないの?」


 グライは鼻を鳴らしてぼくを睨む。


「おまえみたいな落ちこぼれと一緒にするな! おれはな、魔法学園に行って父上のような一流の研究者になるんだよ」

「魔法学園?」

「おまえ、魔法学園も知らないのか? 何人もの宮廷魔術師を輩出した魔法使いの名門、帝立ロドネア魔法学園のことだぞ?」


 ロドネアとはたしか、帝都の近くにある都市の名だ。

 なるほど、そこに魔法の教育機関があるのか。学園と言うからには大規模なものなんだろうな。

 いいことを聞いた。


「ふうん。何歳からそこに通うの?」

「試験を受けられるのは十二歳からだが、おれはランプローグ家だ。無学な奴らと基礎なんて学ぶ必要はない。十五歳になってから高等部に編入すれば十分だ! もしかしたら入学して早々宮廷魔術師にスカウトされてしまうかもしれないが、そのときはそっちでキャリアを積むのもいいな」


 恥ずかしげもなく語る次兄に、ぼくは呆れる。

 ものすごい自信だな。たとえ実力があったとしても人間なかなかこうはならないぞ。


「おい、セイカ。おまえはおれと一緒の道を進めると思うなよ。ランプローグ家は広く影響力をもつために、一族の者に同じ進路は選ばせないんだ! ああ、おまえはそもそも魔力なしの落ちこぼれだったな。ふん」


 こいつ、ほんとにぼくへの罵倒を忘れないなぁ。


「どうでもいいよ」

「あ? なんだその……」

「グライ、いつまで話している」


 低く、重たい響きの声。

 口ひげを生やした背の高い壮年の男が、いつの間にかグライの後ろに立っていた。

 次兄が慌てて振り返る。


「父上!」

「もうルフトは出たぞ。杖はどうした」

「あ、えっと、これから……」

「今日は魔法をみてやると伝えていただろう」

「い、いやその、セイカのやつが……」


 ぼくのせいにするのはさすがに苦しすぎるんじゃないか?


 男はグライから目を離し、ぼくを見下ろす。


「セイカ、今日は屋敷で大人しくしていなさい」


「父上」


 ぼくは、男をまっすぐ見つめる。

 そういうわけにはいかない。そのために外套を探してたんだから。


「魔法の練習に、ぼくも連れて行ってくださいませんか?」

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