第二話 最強の陰陽師、式神を作る

 転生して、早くも十日が過ぎた。


「うんしょ。うんしょ」


 晴れた日の、屋敷の庭。ぼくは服の裾を広げて、辺りに落ちている葉っぱを拾い集める。

 どこからどう見ても三歳児だ。

 そんな行動をとりつつ、頭の中では別のことを考える。


 結論。

 やはりここは異世界らしい。


 あの儀式の晩。地下室から上の立派な屋敷に戻されたぼくは、星座を確かめてみようと空を見上げた。

 そしたら月が二つあった。もうこの辺で察した。


 古代希臘ギリシアの叡智によると、この大地は球体で、それ自体が回転していると言う。

 なので日本と反対の球面からは別の星空が見えるはずだが……月に関して言えば軌道的に考えてどこだって見られるはずだ。ましてや増えるわけがない。


 それから何日か家族の会話に聞き耳を立てていたが、知っている地名や国の名前などは一度も聞かなかった。

 これはもう、異なる世界に来てしまったと考えるしかない。


 転生先の条件は、ぼくの魂の構造を再現できる体。それだけだった。

 だから、どこに生まれるかは全然わからなかったわけだけど……まさか異世界とは。

 同世界内を終焉まで探しても転生体候補が見つからず、結果外部アドレスにまで検索範囲が広がってしまったんだろう。完全に想定外だが、まあもう今さら仕方ない。


 気を取り直したぼくは、さらなる情報収集を重ねた。


 今生でのぼくの名は、セイカ・ランプローグ。

 ランプローグは伯爵家、つまり貴族の家柄だ。

 三男ではあるものの、これは運がよかった。

 前世のように平民で生まれ、疫病で即死んだりしたらどうしようもない。


 とはいえ、そもそもが豊かで発展した国のようだ。

 少なくとも日本よりはよほど。もしかしたらそう伊斯蘭イスラム、東羅馬ローマ帝国などに並ぶか、それ以上かもしれない。


 まだまだわからないことだらけだ。

 もっと情報を集めないと。


「うんしょ。うんしょ」


 拾い集めた葉っぱをひとまず木陰に持って行く。

 裾を離すと、葉っぱがばさっと地面に落ちた。

 うん、とりあえずこれくらいでいいかな。


「――――ओम् पाञ्चालिका विधि स्वाहा」


 小さく真言を唱える。

 すると、地面に落ちていた葉っぱがすべて浮かび上がり、その葉脈をこちらに晒した。ぼくはそれらにまとめて、呪力で文字を書いていく。


「……できた」


 軽く指示を出し、縦横に飛ぶ葉っぱを見て出来映えを確認する。まあまあかな。


 簡単だが、式神の完成だ。


 ぼくの目や耳、手足となるコマ。本当はヒトガタで作るのが一番なんだけど、この世界でも紙はそれなりに貴重品のようなので贅沢は言っていられない。

 おいおい用意していけばいいだろう。


 三分の一にカラスの姿を与え、空に放つ。

 三分の一にネズミの姿を与え、野に放つ。

 残りは不可視状態にしてそばに置いておくことにした。式は呪符代わりにして術の媒介にも使えたりと、いろいろ便利なのだ。


「おいセイカ! なにやってんだそんなところで!」


 やかましい声に、ぼくはどきりとして振り返る。


 後ろに立っていたのは、底意地の悪そうな顔の子供。

 ぼくの三つ上の兄、グライだ。


「みてたぞ。おまえ、葉っぱなんてあつめてただろ。きもち悪いやつ! そんなもんあつめてどーすんだよ。ん? おい、葉っぱはどこやったんだ?」


 キョロキョロと辺りを見回すグライを見て、ぼくはほっとした。今していたことは見られなかったらしい。

 ぼくの前世はなんとしても秘密にしておかなければならないからな。


「なんとか言えよ、この落ちこぼれ!」


 黙ったままのぼくにいらついたのか、グライが土を蹴っ飛ばしてくる。


 何も言わずに土を払う。しっかし、とんだ糞餓鬼だ。ぼくの弟子は良い子ばかりだったからなおのことそう感じる。

 父親はあまり子供に構わないし、母親は甘やかし気味。身の回りのことは侍女メイドがやってくれるせいかとんでもなくわがままだ。それでも上の兄はまだまともなんだけど。


「……やめてよ、グライ兄」


 とりあえずそう言うと、グライは口の端をひん曲げたような笑みを浮かべる。


「やめてください、だろ? 口のきき方がなってないぞ。おまえ、まさかおれやルフト兄とおんなじ立場だと思ってるんじゃないだろーな」

「違うの?」

「ちがうにきまってんだろ。だって、おまえは本家の人間じゃないんだからな!」


 ぼくは首を傾げる。どういうことだろう?


「メイドたちが言ってたぞ。おまえは妾の子だって! だからおまえはこれっぽっちの魔力もない、落ちこぼれなんだ!」


 なるほど。ぼくはようやく腑に落ちた。


 どうも母親から無視されているような気がすると思ったら、そういうことだったのか。メイドも腫れ物を扱うような態度だったし、父親も上の兄もどうりでよそよそしかったわけだ。


 有益な情報だった。ありがとうグライ君。

 でもこっちの家で育てられてる以上、実質本家の人間だとは思うけどね。


「わかったか? おまえは、おれや兄さんのいうことをきかなきゃいけない立場なんだよ! ……そうだ、おれはいま武術を練習しているんだ。おまえちょっと実験台になれ」


 そう言うと、グライはにやにや笑いながら助走を付けるようにじりじりと下がっていく。


「いいか? そこを動くなよ!」


 叫んだと思ったらグライがこちらに走り込んでくる。


 跳び蹴りでもかますつもりなんだろうか? 戦でそんなことをするやつは見たことがなかったけど、ひとまず勘弁願いたい。


 不可視にしていた式神を一体、足下に飛ばしてやる。

 すると、それに躓いたグライが顔面から派手にすっ転んだ。

 うわぁ痛そう。


「ぶッッ! こ、この……!」


 まだ向かって来そうだったので、さっき飛ばした式神カラスを二匹呼び戻す。

 カラスはギャアギャア言いながらグライに急降下すると、その太い嘴で頭をつつき出した。


「うわっ、な、なんだこいつらっ」


 グライはしばらく腕を振り回して抵抗していたものの、やがて頭をかばってうずくまると大声で泣き始めた。

 ぼくは少し反省する。子供相手にさすがにやりすぎた。

 そう思って式神カラスを引っ込めようとしたとき、


「グライっ!!」


 また子供の声。

 見ると、長兄のルフトが棒切れを持ってグライに駆け寄ってくるところだった。


「やめろっ、やめろっ、このっ!」


 ルフトは棒を振り回してカラスを追い払う。

 カラスはひるんだように、二匹一緒に飛び去っていった。

 というかぼくがそうしたんだけど。


「大丈夫か、グライ。けがは?」


 大泣きする弟を気遣う。ルフトは次男に比べれば性格もまともだし、ぼくより五つ上だけあってさすがに大人びていた。とはいえまだ八歳だけど。


「どうしてカラスが……。セイカは大丈夫だったか?」

「うん。なんともないよ、ルフト兄」


 そう答えて笑みを返すと、ルフトは不気味そうにぼくを見る。

 無理もない。ぼくだけ襲われてないのも変だしね。

 でもそれだけだ。


 怪我の治療をするため、ルフトは未だ泣き止まないグライを屋敷に連れて行く。


 そして一人残されるぼく。


 邪魔は入ったものの、式神は放てた。これで情報収集がもっとやりやすくなるだろう。


 いろいろとやらなければならないことは多い。

 ただこの三歳の体ではできることも限られるし、少なくとも数年はじっくりと準備に時間を使うとしよう。

 今生は、まだまだ先が長いんだから。

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