第一話 最強の陰陽師、転生する


 ぼくは目を開けた。


 ゆっくり息を吸って吐く。


 生きている。


 低い視点に、小さな手。

 幼子の体だ。


 ……成功だ。

 ぼくは生まれ直した。


 直後に始まった記憶の統合に気分が悪くなるも、ほっとした。

 自信はあったけど、なにせ失敗したらそのまま死亡だ。そりゃ不安にもなる。


 それにしても、これはどういうことだろう?


 薄暗い部屋の中で、三歳くらいのぼくが床に座っている。

 そして床には、ぼくを中心として魔法陣が描かれていた。

 前世の最期に見た、転生の魔法陣ではもちろんない。というかこんな六角形の魔法陣は見たことがない。


 六角形の頂点には、それぞれ石みたいなのが置かれていた。

 鉱物のようだけど、なんだろう? こちらも見覚えがない。


 ついでに人の気配もあった。

 ぼくの背後に、数人。

 微かに呪文のようなものも聞こえる。


 魔法陣が微妙に光っていることから、何か呪術の最中らしい。

 逃げ出すべきかと迷うが、この体が持つ記憶に嫌なものは感じられなかったので、ぼくはしばらく待つことにした。

 妙な行動をとって怪しまれても困るし。


「――――――の名において願い奉る、この者の持つ力を示せ!!」


 低い男の声と共に、一際強く魔法陣が光輝き……そして消えた。

 何も起こらない。

 後ろの人たちもシーンとしている。

 え、何これ。失敗?


「……っぷ、クククッ」


 いたたまれない雰囲気を破って、小さな笑い声が聞こえた。


「ククッ、マジ? こんなことってあんのかよ? っはは!」

「グライ、笑うなよ。まだ終わってない」

「いやもうわかっただろルフト兄。みろよ! どの属性の石も光ってない。これはつまり……そういうことですよね、父上?」


 ぼくは後ろを振り返った。

 三人の人間がいた。うち二人は子供だ。ぼくより少し年上の子供二人。

 性格の悪そうな笑みを浮かべている少年と、真面目そうな少年。

 暗くてわかりにくいが、二人は金色の髪、それに青い目を持っていた。

 異人? ここは西洋の国なのか? だけど聞いたこともない言語だし、顔立ちも日本ひのもとの民に近いところもあってわからなくなる。


「……そうだな。儀式は終わりだ。結果は出た」


 三人のうちの最後の一人、壮年の男が書物を閉じて、低い声で言う。

 今にも溜息をつきそうな、失望した調子で。


「セイカには魔力が一切ない」


 セイカ。

 それが今生での、ぼくの名前。この体の記憶にあった。


「それは……残念でしたね、父上」

「ぷっククク、はぁーっははは! わらえるぜー。まさか魔法学の大家、ランプローグ家に魔力なしが生まれるなんてな! しってたかルフト兄? 魔力なしって、魔法使いとしちゃ最強の落ちこぼれなんだぜ! 仮にも父上の血を引いておきながら、セイカ、おまえはとんだ恥さらしだ!」


 三人の人間……おそらくぼくの家族から向けられる、失望や嘲りの視線。

 そんなものを初めて浴びたぼくは、首をかしげる。


 魔力とはたぶんまじないを使う力のことだろう。どうやら彼らは、ぼくに呪いの才能がないと言い合っているらしい。

 でも、そんなはずないんだけど。


 転生体には、ぼくの魂の構造を再現できる体が自動的に選ばれる。

 必然、似てくるのだ。

 顔立ちや背格好。

 それに、呪術の才すらも。


 ぼくは、自らに流れる力を意識する。

 やっぱり確認するまでもない。というかこれは……想像以上だ。


 ぼくに呪いの才能がないだって? いったい何を言っているんだろう。

 この体には――――こんなにも、呪力があふれているというのに。

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