Pretend

Black History

第1話

昔の傑人の中には則天去私を唱えた人がいるらしいが、僕は天の代わりに他人に任せることにした。

他人に評価される世界なら、いっそのことその他人に自分という船のかじを取らせよう。

或いは僕は日和見主義なのかもしれない。

しかし、自分本位というのは恥が生まれるのみだ。

——あのときだってそうだった。

だから、僕は他人にその舵を任せる。——




僕の名前は仁井田拓海。

なんてこともない、平凡な高校二年生だ。

薄紫色の花弁が一陣の風によって巻き上げられるこの光景も、或いは吟遊詩人が見たら感慨が生まれるのかもしれないが、これを見たのはあいにく僕なので、つまり平凡な高校生なので感嘆などしようがない。

或いは女子のスカートがそれに巻き上げられるのを嬉々として凝視するかだ。

その風が吹き込んだ先、それが僕の通っている高校、中央学院高校だ。

努めて普通の、いや、ちょっとだけ野球部が強い高校である。

この高校は剣道にも力を入れているらしくて、スキンヘッドの人のよさそうなおじさんが、或いは坊主頭の偏屈そうなおじさんが男子どもをこれでもかと攻め立てる。

そんなに髪のふさふさしているのが羨ましいのだろうか。

僕のクラスは特進科と言って、それこそ中程度の学力の方々、まあ僕の通う高校では上の方なのだが、そんな方々が集っているため、その中には当然生徒会に属している人もいた。

確か書記だっただろうか。

生徒会選挙で一番得票数が少なかったのである意味でダークホースだなと思ったのを覚えている。

なんでもその書記はバンドを組んでいて、しかもギターをやっていたので大層ロックなんだなと漠然と思ったこともある。

そんなクラスの人数は25人に届かない程度。

いわゆる少数精鋭なのかと言えば、そうなのだろうと答えるしかないし、進学においてうだつの上がらない高校の限界かと言われてもそうなのだろうと答えるしかないだろう。





僕は進学先を遠くから選んだので、見知った顔は一人も、いや一人はいるのだが、その人とはあんまり深い仲ではないのでノーカウントとすると、一人もいない。ああ、とは言ってもその顔見知りは——

「おはよう。拓海君」

そう言って僕をのぞき込んでくる可憐な少女、黒髪のロングに唇を無一文に結んでいて、真面目そうな印象を受ける一人の少女がいる。彼女の名前は下山玲菜。僕と唯一知り合いである人だ。ああ、それで先ほどの続きを話そう。彼女とは、唯一の顔見知りである彼女とは毎朝このように挨拶をする仲なのだ。

「おはようございます。下山さん」

僕は彼女の方を向く。

お誂え向きで人畜無害な微笑みを携えて。

「ねえ拓海君。別にもっと砕けてくれてもいいんだよ」

「いえいえ、そんな、恐れ多い」

「……そう……」

彼女は少し残念そうな顔をする。

残念そうな、というからには当然、残念と思っている可能性があるわけで、そして僕はなぜ彼女がそんな表情をするのか心当たりがある。

いや、心当たりが存在していると言った方が適切だろうか。

なぜならその心当たりに彼女の介在する余地はないからだ。

あくまで彼女はその心当たりに、物的証拠に、必然的歴史に無関係である。

ではなぜそれが心当たりとなりえるのか。

なぜそれが、彼女の残念そうな表情の理由となりえるのか。

それを一言で決してしまうと語弊が生まれそうだが、敢えてするのであれば、その出来事、つまりその心当たりによって僕は変わったからだ。

それがよい変化だったのか、悪い変化だったのか、それは神のみぞ、いや、それを見ていた他人のみぞ知るというべきであり、また彼女はその時の僕と完全に他人だったかと言うと疑問符を挟まざるを得ないので他人と言うべきではない。

ただ一つ、確かなことがあるのだとすれば、それは僕が、いや、正確に言うなら僕という存在、精神、ベクトル自体が変わったということだ。

彼女はなおも残念そうな、いや、先ほどとは打って変わって悲痛な、泣きそうな、切迫した表情をしている。

それを見て僕の心は揺れ動く。

——これでいい。

——これがみんなの望んでいる普通だ。

逃げるように視線を移すと、そこには見渡す限りの田畑があった。

湿った土の匂いが鼻腔をくすぐる。

そうか、昨日は雨だったな。

「じゃ、下山さん。僕はこれで」

同じクラスであるから、当然向かうところは同じなのだが僕はこの場からすぐにでも逃げ出したかった。

「あ、待って」

下山玲菜のか細い声が、潰えそうな声が耳を貫く。

でも僕はそれを無視する。

僕は見て見ぬふりをする。

彼女といることは普通ではないから。

僕は普通を演じなくてはいけないから。





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僕はこの文章を気に入っています。

改稿しました。

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