練習問題① 問2

 私を描きなさい、と言ったのに、ペンを握った貴方の手は一ミリも動かない。盾を伏せた兵士のように、身体の前で画板カルトンを傾けて、こちらの様子を伺う。何をどこまで描いたのかは見せようとはしない。描く真似をしているだけなら、その板きれを取り上げて、また窓に叩きつけてやる。私には暴力が必要だった。割れた窓ガラスから洩れる逆光の中、貴方の眼には恐怖のいろが浮いている。おそれと疲労が、点を打つ、線を引く、紙面を黒で汚す、ありとあらゆる決断を鈍らせている。

 それでいい。貴方は怯えなければならぬ。怯えて震えて、それでもなお描かなければならぬ。思い出せ。話の話、我が師アンヌ・ルイ・ジロデから私を経て伝え聞いた話、彼がかつてポナパルト邸で出会ったという画家の話。

 その人から女性の美しさを画布にとどめる技術を学びたかったと、師は語った。だが彼が学んだのは忍耐だった。彼は怒りに堪えねばならなかった。その卓越した技量、突出した業績から受けるべき尊敬とは無縁に、将軍夫人はルイ王朝を罰するがごとく、かつてのマリー・アントワネットのお抱え絵師を衣装替えに待たせ、描き直しを命じた。モデルとしては画家に要求するあらゆる請いに逆らい続けた。ナポレオンの妹たる将軍夫人、カロリーヌ・ミュラは、高潔な画家を玩具にしていたのだ。

 重ねて我が師ジロデは言う。貴方は理解しなければならない、もっとも成功した場合ですら、こうなのだと。理由はただ一つ、その人エリザベート・ルイーズ・ヴィジェ・ルブランが女性だからだ。いとも容易たやすく、彼女が築いた富は夫が奪い、彼女が勝ち得た名声は革命が奪った。そもそも富や名声を得ることすらまれなのだ。戦争、貧困、移ろいゆく社会のなかで、女はかくあれかしというあらゆる通念が暴力となり、奪えるものを奪ってゆく。

 私も覚えている。ダヴィットの工房にはたくさんの女性がいたが、彼女らは自分の名をしるすことはかなわなかった。貴方の作品もそうなるかも知れない。この作品もそうなるかもしれない。

 それでも貴方は描かねばならぬ。描くこと、それが貴方の人生をすでに取り返しのつかぬほど歪めてしまったからだ。もはや裕福な家庭も結婚も貴方に幸せをもたらしてはくれない。この道を究めれば、さらなる暴力が貴方を襲うだろう。その割れたガラスを修繕するのも覚束ぬほどの困窮が襲うかもしれない。進む勇気はあるか、あるいは、引き返す勇気は?

 画板カルトンを見せなさい。そこに描かれた、貴方わたしの顔を。

 

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