第6話 認知症の祖母との最後の会話

 祖母が重度の認知症で入院した。

 

 私は父と二人で祖母の入院している病院に向った。凍りつくような風の吹いている日だった。

 

 祖母はもともと天真爛漫な性格をしていた。しかしめちゃくちゃお節介だった。私はそんな祖母を疎ましく思っていた。そんな祖母の口癖は「孫、一番」と「弱いものを守れ」だった。「孫、一番」とは孫のことを第一に考えるという意味だ。実際、祖母はよく買い物に出掛けたときに、私に菓子パンやおにぎりなどを買ってきてくれた。小学生の頃スイミングスクールに通っていたときも、スイミングバスのバス停までわざわざ迎えに来てくれた。ちなみにバス停から家までの距離は10メートルほどだった。わざわざ迎えに来なくていいのにと思っていたが、祖母いわく、「帰ってくる時間は暗いから危ない」ということだった。その様子を見た友達は祖母を過保護だと笑った。私はそれが恥しく、祖母を恨んだりした。

 次に「弱いものを守れ」とは文字通り、弱い立場にいる人を守るということだ。祖母は女だが男気のある人だった。私が小学生の頃、いじめられていて不登校になっているときも、家で学校のことに一切触れず、ただ寄り添ってくれた。祖母は思いやりのある人なのだ。


 病院までの道中。車の助手席でそのようなことを思い出していた。病院に到着すると体温を測り、面会用紙に氏名を記入し、祖母の病室へ向った。面会時間はコロナウイルスの関係で10分だった。病室は4階だった。4階へ到着するとエレベーターホールに車椅子に座った祖母が女性看護師と一緒にいた。

 

 祖母は重度の認知症なので私のことを忘れていた。しかし息子である父のことは覚えていた。父と祖母が話している横で、私はふたりの話を聞いていた。すると祖母が私のことを突然思い出した。私の名前を読んでいる。 「おばあちゃんな、死が近づいてきた。もうじき死ぬ…」

 私はそんなことないよと言いたかったが、父の前だったので恥ずかしくて言えなかった。「大学どこや?」とか「アルバイトしてるか?」とか「背ぇ大きなったな」とか話しかけてきた。祖母は昔の私しか覚えていないのだ。私は「もう働いている」とは言わず、自然な相槌をうっていた。やがて時間が過ぎ10分が経った。看護師が近づいてきて面会終了を告げた。そして帰り際、祖母が言った。

 「おばあちゃん今お金持ってないわ。あんた、今この子に小遣いあげて。後で家帰ったときにその分渡すから」と息子である父に言った。祖母はしきりに、私に小遣いをあげたがった。その様子はまるで、昔の元気な頃の祖母を見ているかのようだった。私は祖母と握手した。そして「バイバイ」と言った。祖母は目に涙を溜めていた。その目は帰らないで、と言っているように私は見えた。私と父は帰りのエレベーターに向った。エレベーターの閉まるドアから顔を祖母を見た。祖母は首を深く折っていた。私と父は病院を出て、自宅へ帰った。


 私は昔、祖母が嫌いだったが、今は大好きだ。本当に尊敬している。


 「おばあちゃん大好き」

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