12

ドシンと、何か重たいものが体の上に落ちたのを感じてロファーが目を覚ます。ジゼルのヤツ、相変わらず寝相が悪い、と思い、次に、違う、と慌てて体を起こす。


「ジゼル!」


ロファーの上にし掛かるように倒れていたのは確かにジゼル、でも、ベッドではなく、魔導士の住処の建屋前の地面だ。


(何が起きた?)


確か、天窓からのぞく人影に、表に出た。そしてジゼルが笑い転げて・・・だめだ、よく思い出せない。


「ロファー・・・」


ジゼルの弱々しい声に、ジゼルを抱き起こす。


冷たい、氷のようだ。


「待ってろ、すぐ温める」


また、力を使い過ぎたんだ。だからジゼルはこんなに弱って、氷のように冷えている。


ロファーに抱き上げられながら、ジゼルが腕を持ちあげ、何かに指先を向け、クルっと回す。


その先にいた栗毛の馬が馬小屋にゆっくりと向かい中に入っていった。そしてジゼルの腕がスタンと落ちる。


あの馬は何だ? ロファーは思ったが、それをジゼルに訊く余裕はない。


腕が落ちるのと同時にジゼルの体から力が抜け、ずっしりとジゼルの重さがロファーの腕にかかった。


ジゼルをベッドに運び、暖炉に薪を放り込む。


そこで、屋根の上の人物を思い出し、ロファーは慌てて住処の外に出、屋根を見上げるが誰もいない。置き去りにされている梯子を上ってみても見つけられない。


ならば帰ったのだろうと、何しろ今はジゼルだ、と、ロファーはきっちりとドアを閉め、ジゼルの寝室に戻る。薪を入れれば勝手に火がおこるジゼルの暖炉は、そろそろ燃え盛っているはずだ。


寝室の暖炉が赤々と炎をたたえているのを確認して、クローゼットからケットを有るだけ出して、ロファーはジゼルに被せた。


「み・・・ず・・・」


ジゼルが消え入りそうな声でつぶやく。それは無視するロファーだ。以前、この状態のジゼルに水を飲ませて、大変なことになった事をロファーは忘れていない。


「しっかりしろ。すぐに温めてやる」


そう言いながら、ロファーもベッドにもぐり込む。


ふところに抱きこむと、僅かに首を上げ、ジゼルがロファーを見る。そして安心した顔を見せてロファーの喉元に額を押し付けてくる。


(大丈夫だ。この間より意識がはっきりしている・・・)


と、いう事は、俺が凍死することもない、そう思いながら、それでも自分がどんどん冷やされていくのをロファーは感じる。


やっぱり俺はこの魔導士のために、いつか死ぬんじゃないか、と頭の片隅でふと思う。


それならそれで構わない、いつものようにそう思うロファーだ。


冷え切ったジゼルを初めて温めたあの日から、俺はこいつの保護者になった。


だから、コイツのためなら死をも恐れない、と思うのだろう。何しろ俺は、コイツを守りたい、助けたいんだ。


そんな事をぼんやり考えながら、いつしかロファーも眠りについた。


微睡まどろみの中、ぼんやりとした光が見える。誰かがジゼルをのぞきこんでいる。


(!)


慌てて起きようとするロファーに、その誰かがてのひらを向ける。


「静かに・・・ジゼルはまだ眠っている」


静かな声がロファーの頭の中に響く。穏やかで優し気な、まだ若い男の声だ。


こいつは男なのか。身動き取れない中、ロファーが思う。


ジゼルのすぐそばに立つ誰かは、見た目だけでは男か女か見分けがつかない。


小柄で、細い体、優し気な顔立ち、そして髪が長く、髪が・・・薄緑色のぼんやりとした光を放っている。


男はロファーに向けた掌をすぐさまジゼルに戻し、じっとジゼルを見ているようだ。


「ジゼルは・・・この子は魔導力が使えるようになって、まだ一年も経っていない。巧く調整できないんだ」


今度は耳から声が聞こえた。


「回復術はそろそろいいかな。触ってごらん、体温が戻っているよ」


そう言われた途端、体が動かせることに気が付く。誰かから目を離さないように、それでもジゼルの頬に手を伸ばし触れてみる。


(温かい・・・)


「私はアラン、月影と呼ばれている。ジゼルに危険が迫っていると察知してここに来た」


「月影? 月影の魔導士、ジゼルにティーセットをくれた?」


すると月影がクスリと笑った。


「ジゼルは思ったよりもお喋りのようだ。我らと一緒にいた頃は、話しかけてもうなずいたり、首を振ったりするだけで、声が出ないのかと疑うくらいだったのに」


月影が、眠るジゼルの髪を撫でる。その動作と表情から、ロファーはこの男のジゼルへ向ける思いを感じる。深くジゼルを愛している。慈しむ心を感じる。


そしてジゼルが言う通り、この男は目が見えていない。うつろな目は焦点がどこにあるのか判らない。なのに何の迷いもなく、掌をロファーに向け、ジゼルに向け、ジゼルの髪を撫でる。


「ジゼルが危険? それに、ジゼルの結界の中ではジゼルしか魔導術を使えないんじゃ?」


ロファーが問うと、月影はジゼルに顔を向けたまま答えた。


「僕はジゼルのなんていうかな、ジゼルの一部と言うか、臣下だから術を使えるんだよ。


そして危険と言うよりは、これからジゼルは交渉しなければならない事態に陥っていてね。


その相手はもうすぐここに来る。僕はその交渉相手が来る前にジゼルを回復させ、交渉の援護するためここに来た、といったところさ」


「交渉って、何を?」


月影がロファーに顔を向ける。そして目を閉じて、


「ふぅん・・・」

と言った。


目を閉じた月影が自分を舐めるように見ているとロファーは感じた。


「なるほど、黄金の髪に琥珀の瞳。まだ目覚めていない力。争いを招いても仕方がないか」


目を開け、月影がつぶやく。


「何を言っているんだ?」


「発端は飼猫の取り合い。普段なら、高位魔導士で飼猫争いは起こらない。先に手を付けたもん勝ちだ」


クスクスと月影が笑う。


まったく、魔導士ってヤツ等は笑うのが好きらしい、と思うが、当然ロファーは面白くない。


「常人だの、街人だの、あんたたち魔導士は俺らを簡単に馬鹿にして、今度は飼猫か」


「そうだね、僕もそう思うよ。あなたを飼猫にしたジゼルの発想は実に面白い」


「面白いって・・・」

開き直られたと思ったロファーが呆れる。


何か言い返したい、でも、この魔導士を傷つけてはいけない、と何故かロファーは感じている。ジゼルの知り合いだからではない。


もっと別の理由で、コイツの事も俺は守らなくてはいけない、と思う。


なぜだ? 俺はコイツを知っている。コイツは・・・ロファーの動機が早くなる。もう少しで答えが出そうなのに、出てこない。


月影が、不意に顔を上に向ける。一瞬、月影の瞳の焦点があったようにロファーには見えた。


「どうやらおいでなさった。さて、あちらはどう出るものやら・・・」


クスリ、と月影が笑う。そしてジゼルの肩を揺する。


「起きて、ジゼェーラ。起きて自分の足で立って」


もごもごとジゼルがうごめく。目をこすりながら月影を見る。


「ジゼェーラ、自分が何をしたか覚えているね? もうすぐここにホヴァセンシルが来る。準備しなくてはいけないよ」


ぼんやりと月影を見ていたジゼルが体を起こし、腕を月影に伸ばす。月影がそれにこたえ、二人は強く抱き締め合った。


「アラン、大好き。来てくれて嬉しい」

「僕も大好きだよ、ジゼル」


ロファーの胸がチクリと痛んだ。

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