13
ジゼルが立ち上がり、クローゼットからローブを出すと、月影はそれを受け取り、ジゼルが袖を通しやすいように後ろに立って、着るのを手伝う。
袖を通したジゼルが前立てを止め始めると、そのまま後ろから月影がジゼルの髪を
それが済むと月影は、今度は宙からタオルを取り出して、ジゼルに渡す。薄く湯気が立っているところを見ると湯で絞ったようだ。
そのタオルで顔を拭き、
「大丈夫?」
とジゼルは月影に聞いている。
月影は、ジゼルからタオルを取り返すと、拭き残しを拭いてから
「これでいい」
と答え、タオルを宙に消した。それからもう一度、ジゼルの髪に触れている。
「世話係? 随分、
つい、ロファーが口にする。すると月影が口元に少しだけ悲し気な笑みを浮かべる。
「世話係ほど巧く出来ればいいのだけれど」
そしてジゼルの手を取ると、見詰めあうようにジゼルに顔を向ける。ジゼルは月影を見詰める。
ジゼルが時々、
そんな二人を眺めながら、ジリジリしたものをロファーは感じていた。
確かジゼルは、月影は姉の恋人だと言っていた。けれど、今、目の前の二人は恋人同士だと言われても不思議ないほど
以前からの知り合いで、魔導士同士、通じ合うところもあるのだろうし、月影はジゼルの臣下と言っていた。
ジゼルを救うため月影は落命しかけ、その月影の命を救ったのはジゼルだが、その時の失敗で月影の目が見えなくなったとジゼルから聞いた。
そんな二人なら、きっと深い絆で結ばれているのだろう。
理屈では判っていても、自分は入る隙間がないと、胸が焼けるのをロファーは感じる。娘を嫁にやる父親の気持ちとはこんなだろうか、と思いながら、きっとそれとも違う、と思う。
とにかく面白くない、けれど、その不満を口にすることもできない。なぜできないのか、ロファー自身にも判らない。悶々とするロファーの頭に
(サリー? いや、違う。おまえは誰だ?)
と、声が響いた。
「えっ?」
思わず声にし、周囲を見渡す。ジゼルと月影が、ロファーの声に反応してロファーを見た。
「どうかした?」
ジゼルが問う。
「いや・・・なんでもない」
ロファーの返事にジゼルが首を
月影が自分をじっと見ているのをロファーが感じる。
男の声だった。だが、月影のように若い声ではなかった。聞いた事のない声だ。以前、頭に響いた声とも違っていた。
「さて・・・」
混乱するロファーの耳に、今度は月影の声が聞こえる。
「僕とジゼルは表に出なくてはならない。外で先ほどから待っている人がいるので―― それであなたをどうするかだが・・・」
「一緒にいて貰う」
月影をさえってジゼルが言い切った。
「ジゼル、それは危険だ」
慌てる月影に
「危険とはどういうことだ?」
ロファーが顔色を変え、
「家に戻すのはもっと危険だ。それにロファーが納得しない」
とジゼルが薄く笑って答える。
月影が
「しかし」
と難色を示し、
「ジゼルが危険な時に、傍を離れるなんてできない」
とロファーが抗議し
「うん、ロファーは私と一緒にいる」
とジゼルがニッコリとロファーに笑みを向ける。
そしてロファーが満足そうにジゼルに微笑む。
「・・・参ったな。ジゼル一人なら守る自信もあるのだけれど、飼猫が一緒だと荷が重い」
苦笑する月影に、何か言いたげなロファーを制してジゼルが言う。
「いつかアランが言っていた、ホヴァセンシルとビルセゼルトはグルだ。そこに賭けてみようと思う」
「キミにその話をしたのは失敗だったかな。状況からそう考えられるだけで、確証は何もないんだよ。それにキミは今、回復したばかりで、それだって完全じゃない」
「うーーん、戦いになるとは思えない」
「もし戦いになったら? 万が一を考えたまえ」
月影の言葉にロファーが疑問を抱く。
「ジゼルの結界の中では魔導士は力が使えなかったのでは?」
「今、外にいるのは最高位魔導士だ。ジゼルの結界はすぐ破られる。破らなくてもあの魔導士なら術を使えると予測する」
面倒そうに月影が答える。
「つまり、だ」
ジゼルがニヤリと笑う。
「我々は今、追い詰められている」
「だから飼猫は隠そう」
「ダメだ、どこに隠しても、見つけられる。それよりも、手出ししないと約束させる」
言い争う二人に
「今、揉めているのは俺の事だろう? 俺はジゼルの近くにいる。ジゼルもそうしろと言っている。
月影さんとやら、ジゼルの臣下だと自分でさっき言ったじゃないか。だったらジゼルに従ったらどうだ?」
「判りもしないくせに」
そう言いながら月影がため息を吐く。
と、暖かいものに包まれたとロファーが感じる、続いて冷たいものに包まれた感触がある。それが二度繰り返される
「もともとの加護の上に、保護術と保護結界、そして防衛幕、更に保護結界。これでしばらくは持つ。ジゼルは何もしていなかったようだが、施術法が判らなかったのかな?」
そう言って月影がクスリと笑む。月影はロファーを隠すのを諦めて、代わりにロファーに術を掛けたようだ。
ジゼルは月影に馬鹿にされたと思ったようで、一瞬、唇を尖らせたが、
「では、外に。客人を待たせ過ぎだ」
と、ドアに向かった。
建屋の前では、果樹園との境の柵に男が
歳の頃なら四十少し手前といったところか、街人の
男の正面、十歩ほどおいてジゼルが立ち、そのすぐ後ろの左側に月影が立つ。ロファーは二人に続いて外に出るとドアを閉め、その前に立った。
「お待たせした」
ジゼルがそう言うのと同時に、四人を取り囲む空間が明るさを増し、互いの顔がよく見えるようになる。三人の魔導士の誰かが、この場を照らしたのだろう。
その中で、待っていた男がジゼルの顔を見て、目を細めたのがロファーにも判った。
「私はこの街の魔導士ジゼェーラ。ご用件を
男は二、三歩歩み寄り、ジゼルの顔を更によく見ようとしているようだ。
「私は魔導士ホヴァセンシル。ご存知と思われるが、北の魔導士ギルドの長を任じられている。だが、今日は一個人としてここに来た」
この声だ、と
そして表情を変えることなくジゼルに向き直った。
「ご両親はご息災か? あなたは父上にそっくりですね。髪と瞳はお母上のものだが」
「私の二親と、かつては親友だったと聞いています。それが・・・」
言い
「それが今では敵対する、と? 時の流れは気紛れに、皮肉な運命を連れてくる」
ホヴァセンシルが深く息をし、本題を切り出した。
「それで、図々しくもここに押しかけてきたのはほかでもない、私の娘の事なのですが」
ホヴァセンシルの顔から微笑が消えた。瞳が光っているようにロファーには見えた。
「こちらの結界に入ったきり、出てこない。ご存じありませんか?」
ジゼルが月影の顔を見る。月影が頷いて、ジゼルも頷き返す。
「ジュライモニア様は確かにここにお出でになりました。でも、もういません」
「それは確かなことでしょうか?」
そう問いながら、ふっとホヴァセンシルが笑ったのをロファーは感じている。信じていない・・・
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