11

「何とかしろと言われても、あは、魔導術の使えない相手に攻撃を仕掛けるのは、クククッ、気が引ける。あははっ」


笑い転げて引きりながらジゼルが言う。目じりに涙がにじんでいる。


「何がそんなに面白いんだよっ?」

とロファーが愚痴ると、


「だって、だって・・・・いひひ」

笑いながら、ジゼルがロファーの腕を叩く。


「随分と仲がいいのね」

屋根の上から声がする。


「月影様にも相手にされなかった・・・私のどこがいけないの?」


屋根の上からの再び、すすり泣きが聞こえ始める。そしてさらにジゼルが笑い転げる。


「麗しの姫君はどうやらメンクイらしい、ぎゃははは!」


「笑うな! 月影様はお目が見えないから、私の美しさが判らなくても仕方がない、と諦めた。グリンバゼルト様は、北には来てもらえるはずもないと、最初から諦めた。


サウザネーテルダム様は結婚してしまわれたし、カイネンテリスは父を恐れて逃げ回る。


ゴウボレンネルはどこに行ったか判らない。なんでみんな私を泣かせるのよ?」


屋根の上の言葉に、途中でジゼルの笑いも止んで、あきれ顔で見上げている。


「あなた、いったい何人に言い寄ったんだ?」

そう言ってまた笑いだす。


「それにしても、王家の森魔導士学校の色男たちまで、よく知っているね。グリンバゼルトとサウザネーテルダムはこないだ卒業したけれど。


それに月影は確かに目が見えないが、ちゃんとあなたの顔が判るはずだ」


「そうね、光を得物にしているものね。でも守りが固くて近寄れなかった。新月を狙っても無理だった。近くでお姿を拝見するのがやっとだった。


それに魔女の気配がひしひしして怖かったわ ―― どこで知ったかって? 魔導士登録簿で見た、月影様には学校まで会いに行ったわ。


あのかたは私よりも美しい。本当に月のよう・・・」


屋根の上でうっとりと思いだしているようだ。そして開き直る。


「北の城からなかなか出られないし、私の周りは既婚者かオジサンばかり。そうでもしないと結婚相手を見つけられない」


「熱心だね。それに、よく魔導士学校に忍び込めたね。鳥の目でも使ったかな?」


ジゼルの笑いがゲラゲラからクスクスに変わる。


「でもさ、ロファーは魔導士じゃないし。あなたの夫には釣り合わないんじゃ? それにスネークウッデシカはどうした? 美男子だと、南にも聞こえている」


様子をうかがっていたロファーには、この時ジゼルの目が一瞬光って見えた。ジゼルは、何か企んでいる?


「あぁ、スネーク。悪くはなかったけど、あの男、年増好き。私のママに憧れているの。ママを見るだけで真っ赤になって・・・気持ち悪い」


「そうですか」

と、またもジゼルが笑いだす。


嫣然えんぜんと微笑む花と言われるあなたの母上は、それは美しいと南でも評判だ。年齢を考えてもますます妖艶になられたのでは?」


「ふん、お陰でパパはすぐママを優先する。私もパパみたいに優しい夫が欲しいの。でも不細工はいや」


「しかし・・・」

と、ここでジゼルはロファーを眺める。


「ロファーはそこまで美男子と言うわけではないと思うが?」


クスリと笑いながらジゼルが言う。はいはい、その通りですよ、と心の中で思いながら、それでもやっぱりロファーは面白くない。


「あら、その黄金色の髪、それに琥珀色の瞳。目が奪われるほど美しいわ。それに、それなりに・・・ハンサムよ」

と屋根の上がこちらを見降ろし、考えながら答える。


それなり、ですか、と、またも心の中でロファーが思う。まぁ、それなり、だよね。


それにしても、魔導士たちは髪や瞳の色に、随分とこだわるのだな、と思っていた。


「そうだね、その髪と瞳の色で選んだだ。諦めて貰うしかないが、いかが?」


「そうはいかない」

「だいたい、どうやってそこに上った?」


「あら、話を変えた・・・ま、そこの梯子を使ったのだけれど?」

と、勝手口のある方向をみる。建屋の横手だ。ジゼルが回り込む。


「この梯子を、あなたが運んできた? どこから?」


ロファーも同じように見てみると、屋根まで届く長い梯子が建屋の横に立てかけてある。屋根の上の人物が運んだのなら、大変だっただろう。


「隣の家。二つあった梯子をつなげて、ここの結界の端まで魔導術で運んで、そこからはかついだわ。お陰で服が汚れてしまった」


最後は少し泣き声だ。


「あなたが梯子を担いだ?」

またもゲラゲラとジゼルが笑いだす。


「そうよ、そこまでしたのだから、そう簡単にあきらめない! 月は諦めたけれど、太陽は手に入れる!」


この言葉に、再びジゼルの目が光る。


「太陽と来ましたか? 髪と瞳の色だけで、太陽と言い切る?」


すると、屋根の上が、クスリと笑う。


「それは手に入れてからじっくり調べるわ」


「ふぅうん・・・」


「伝説の魔導士サリオネルト様と同じ黄金の髪に琥珀の瞳。そして失われた男の子―― その男の子が成長していれば、もうすぐ十九。ロファー、あなた、歳はいくつ?」


屋根の上の女の瞳も光ったようにロファーには見えた。


「南北のギルドが血眼になって探している太陽・・・げん王がロファーかもしれない」


屋根の上からの声にジゼルが笑いを引っ込めて問う。


「夫にしたいのではなかった? ロファーが示顕王だとしたら北に連れて行けば即刻処刑だ。夫にできないぞ?」


「そこはパパに頼むわよ。私の夫を殺さないで、と。優しいパパは、簡単に命を奪う事をもとから許さない。サリオネルトの息子とわかっても、必ず無傷で連れてこいと言っている」


「ちょっと待て!」

顔色を変えたロファーが思わず叫ぶ。


「サリオネルトの息子? 俺の・・・」


親を知っているのか? と言おうとしたのだろう。が、急に気を失って、ゆっくりとその場に倒れ込む。ジゼルが眠らせたのだ。


「あら、本人は何も知らない?」

屋根の上が面白そうに覗き込んでくる。


「人違いだから知らないとも考えられる」

「でも、あなたは否定しなかった」


「ほぅ、否定して欲しかったか?」

すると屋根の上がニヤリと笑う。


「私は誤魔化されない。もしロファーがそうでないのなら、否定すれば終わるものを、嘘が吐けない魔導士が言葉を選んでいる」


「ふん、で、私の飼猫がサリオネルトの息子かもしれないと、誰かに話したか?」


「まさか!」

と、屋根の上がクスリと笑う。


「そんな事を言えば、誰かがすぐにロファーを捕らえに来る。私のモノにするチャンスがなくなる」


「それは結構」

ジゼルの瞳から青い光がほとばしる。


「きゃあ!」

屋根の上の女が宙に投げ出され、地に降ろされる。


「な、なにをする!」

降ろされた女が叫ぶ。


「ロファーがサリオネルトの息子と気が付いたあなたを、北へ無事に返すとでも? 神秘王たるこの私が?」


「えっ!? 神秘王、あなたが?」


「そう、そしてまた、私が神秘王と知ったあなたを無事に返すと思うか? 麗しの姫君ジュライモニア」


「まって!」


≪従順たれ≫


ジゼルが口の中で呟く。屋根から降ろされた女の動きが止まり、力を失った目が真っ直ぐにジゼルを見る。


「あなたの好きなものは何だ?」

今度はジゼルの瞳に薄桃色の光が宿る。


『ママの焼いたクッキー』

屋根から降ろされた女がうつろな瞳でそう答える。


「なるほど、食べる事が好きか。ならば、食べる事を生き甲斐に生きよ」


ジゼルの瞳が深紅に変わり、カッと光った。

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