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それで、相手がだれか判ったらどうするんだ? とロファーが問う。


「それは相手次第だね」


ミルクティーをれながら、ジゼルがニヤリと笑う。


まったく、この魔導士は終始お茶の時間だ、とロファーがあきれる。


「恋文の差出人はロファーを伴侶として欲しいのか、飼猫として欲しいのか、そこで大きく話が変わってくる」


飼猫として欲しいとなれば、まず話し合い。私があっさり譲ると言えば、ロファーの権利が相手に移る。


私がイヤと言い、向こうが判りましたと言えば、今まで通り。


で、私も相手も譲らないとなると、決闘となる。


「魔導士の決闘ですか」


「そ、できれば回避したいなぁ」


ティーカップに砂糖を入れながらジゼルがニコニコ笑う。


「なんで、そんなに楽しそうなんだ?」

ロファーが抗議する。


「楽しくはない、面白いだけだ」

「おい!」


「で、ロファー、あなたにその気はあるのかな?」

「その気って?」


「私から離れて、恋文の差出人のところに行くって気。差出人の夫になるつもりがあるか」


「・・・俺がいなくなったら、ジゼル、おまえの面倒は誰が見るんだ?」


「良かった、私を見捨てないでくれるらしい」


クスクスとまたジゼルが笑う。


そして立ち上がると後ろからロファーに抱き付く。


「ロファー、大好き」


「よせ、くすぐったい。おまえみたいな変わり者の子守ができるのは俺くらいだ。いいから離れろ、簡単に抱き付くなと言っただろ」


首に絡みついたジゼルの腕をロファーがほどく。ジゼルは抵抗もせずに解かせながら、クスクスとまた笑う。


「でもね、魔女は一度狙った男は逃さない。相手が魔導士ならともかく、街人ならプライドが許さない」


「なんだ、それ?」


「ロファーの気持なんか、どうでもいいってこと。夫になれば命までは取らないけどね」


「はぁ?」

ロファーが怖い顔でジゼルを見る。


「それじゃ、俺は殺されるとでも?」


「怖いよ、ロファー、その顔。笑顔が消えている」

「そんな事言われて、笑っていられるか」


「夫になってあげれば、殺されないよ?」

「知りもしない相手と結婚できるか」


「ある種の政略結婚?」


「命がけの政略結婚ですか? と言うか、ジゼルは、俺をソイツと結婚させたいのか?」


怒りを隠さないロファーをジゼルがケラケラと笑う。


また揶揄からかわれたと、ロファーがムッとする。


「まぁ、ロファーは街人なのだから、嫌なら嫌で拒否できるけれど、策略にかからないように用心した方がいいかな」


「魔導士だと拒否できないのか?」


「私の父と母はギルドの命令で結婚したらしいね」


「魔導士ってみんなそうなんだ?」


「みんながみんなそうじゃないけど、政略結婚も少なくない」


「あ、さっき言っていたジゼルのお姉さんとか?」


「いや、あれはピュアな三角関係、今のところね」


「今のところ?」


「彼らの話はもういいよ。私たちには関係ない。それより、ロファーをどうするか、だ」


そう言ってジゼルがロファーをじろじろと見る。


「うーーん。すでに完璧な保護術が掛けられていて、私にできることもないなぁ」


「完璧な保護術?」


「そう、完全に完璧な保護術。誰があなたを守りたいのか、あなたの住処とはまた違う魔導士が掛けた守り」


「身に覚えがない」


「生まれた時に掛けられたものだね」


「そう・・・か」


生まれた時、と聞いて、ロファーにも思い当たる節があった。だが、だからと言って、それが誰なのか、ロファーも知らない。


いつか知る時が来るのだろうか。ロファーがそんな物思いをしているうちにジゼルが話を進める


「怖いのが、すれ違いざまにもかけられる術。目が合うだけで施術できるのがいくつかあるんだ。


今回、一番心配しているのは、差出人が『魔女の誘惑』を使うことなんだよ。


それにかかると、魔女が飽きて解術するか、ロファーが命を落とすまで、ロファーはその魔女の言いなりで、魔女に奉仕することになる」


「奉仕、って?」


「私も具体的には知らない、魔導術の本には奉仕、としか書かれていなかった。調べてみる?」


と、願えば大抵の本を出してくれる本棚の前にジゼルが立つ。


魔導士学校の本棚を切り取って、ここに置いたらしい。膨大な蔵書の中から、見合う本を本棚が探してくれる


「いや待て、やめておこう、嫌な予感がする」


慌ててロファーが止める。聞かなくてもなんとなく想像がつく。想像通りだったら、まだまだ子どものジゼルの目に触れさせたくない。


「そう?」

と、ジゼルはあっさり本棚から目を離す。


「で、次に考えられるのが『魔女の魅惑』で、これは魔女に夢中になって魔女を追い求めるようになる術。


ミルタスの花をください、って言ってくるくらいだから、こっちのほうが要注意かな。


ちなみに、『魅惑の瞳』っていうのもあって、これは魔女に心惹かれて、その願いに逆らえなくなる」


「それって、魔女しか使えないんだ?」


「そうだよ、魔導師には無理。なんで?」


「ん、いや、なんとなく」


ときどき、ジゼルに見詰められ、ロファーは逆らえなくなる。


それは、ひょっとしたら魅惑の瞳かと思ったが、ジゼルは魔導士なのだから、ロファーの思い違いなのだろう。


「で、保護術が有効なロファーがこれらの術にかかる危険は、まずない、かな」


「危険はないのかい?」

思わずロファーが笑いだす。


神妙な顔でジゼルが説明するものだから、そんな術に掛けられるのかと冷や冷やしていたのに、肩透かしを食らった。


「かな、だよ、かな。ないとは言い切れない。特に魔女の誘惑は魔導士でもかかる。ただ、命の危険が迫ると保護術が発動して、術が無効化されるけどね」


何しろ、ここにいれば安全だから、としばらくジゼルの住処にロファーが泊まり込むことが決められる。


「帰すわけにはいかない。ロファーが帰ったら、心配で、居ても立っても居られない」


そう言って、涙を浮かべた深い緑色の瞳でジゼルに見詰められれば、いつも通りロファーは逆らえない。


「いいよ、判った、本棚で調べ物でもするよ」

と、折れるしかない。


そして夕飯を作らされ、寝相の悪いジゼルと一緒のベッドに入り、何度か殴られ、蹴られ、明日は帰ると思いながら、結局ロファーもぐっすり眠る。


小鳥の声に目覚めれば、いつの間にかロファーはジゼルを懐に抱いている。


安心した寝顔のジゼルを見れば、可愛いヤツだと、ロファーは思う。


親と暮らしたことがないと言うジゼル、まだ子どもなのに、魔導師を生業として一人で暮らしているジゼル。愛しいという気持ちが判らないと言っていた。


魔導士としての知識や技術は大したものなのだろうが、生活する上での知恵が不足し、助けが必要と、助手を求め、白羽の矢をロファーにあてた。


いやいやながら引き受けたロファーだったが、いつの間にかジゼルを放っておけなくなっている。


助手として一番大事な仕事は力を使い過ぎたジゼルを温めること。そんな時のジゼルは生意気さが消えて、弱々しくロファーを頼った。


親に見捨てられた子どもさながらのジゼルを抱き締めて、大丈夫だよ、と温めてやるほかロファーに選択肢はなかった。


十三で二親を殺され、それから一人で店を守ったロファーにとって、ジゼルは自分を見ているようだった。


あの頃、自分が我慢して意識しないでいた欲しかったもの、それが今のジゼルには必要だと、ロファーは感じていた。


そして、幼い頃に受け取るべきものを受け取っていないジゼルに、どれほどできるか判らないが、自分ができる限りのものを取り戻してやりたいと思うロファーだった。

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