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「なるほどね」


と、二通の封筒を眺めながらジゼルが笑う。


「ミルタスの花束をください、ってラブレターだ」


「ラブレター?」


「差出人はどうやらロファー、あなたを思っている。結婚したいくらいにね」


「はぁ?」


「ミルタスは花嫁のブーケに使う。別名『祝いの木』と言われ、花言葉に『愛のささやき』ってのもある。女神にささげる花でもあった。


それをくれと言ってるんだ、結婚してください、と言っているのと同じだ」


「いや、ちょっと待て。それなら宛先とか、差出人とか、間違えて配達・・・」


「宛先がないのは自ら持ってきたからだ」

「持参ですか?」


青ざめるロファーを見てジゼルが面白そうに笑う。


「で、ミルタスは私に下さい、これは別のところ、つまり、昨日、私のところに持っていったことを指しているのだろうね」


「・・・」

「で、焼きもち妬いて、私に攻撃した、ってところだろう」


「だから、待てって。身に覚えがない」

「本当に?」

にやにやジゼルが笑う。


「それに、それって俺は監視されているのか?」

「うん、そうなるだろうね」


そしてジゼルが上を見る。ウィステリアが満開だ。


「ここでお茶にしたのも失敗だったかも。ウィステリアの花言葉には『歓迎』のほかに、『あなたの愛を熱望する』ってのがある。


入り口横のテラスだから『歓迎』って意味で植えたけれど、彼女はどう受け止めるか」


と、今度はクスクス笑いながらジゼルが言う。


そんなジゼルにロファーが抗議する。


「笑いごとなのか?」


「相手はロファーの気を引きたいのだから、ロファーは取りあえず安全だ。安心していい」


「いや、そんな問題じゃなく」


「問題なのは、ロファーが私の助手と知っていながらちょっかい出してきたことだな」


「どう問題なんだ?」


「ロファーを一目見れば、魔女・魔導士ならロファーが私の持ち物だと判る。なのに、横槍を入れるのは私への挑戦だ」


「俺はおまえの持ち物なのか?」


ニヤリとジゼルが笑む。

「そうさ、ロファー、あなたは私の可愛い飼猫だ」


「俺はおまえの飼猫か? ニャンとでも鳴けってか?」


これにはロファー、かなり気分を害したようだ。


「まぁ、魔導士の間での隠語だよ、気にするな」


「それにしても、なぜ一目でお前の飼猫と魔導士ならわかるんだ?」


「ん?」

とジゼルが少しばかりすまなさそうな顔をする。


「あなたのひたいに、魔導師にしか見えない文字で私が署名しているからだ」


「おまえ、いつの間にそんな・・・」


「いいじゃないか、どうせ魔導士にしか見えない」


「そう言う問題じゃないだろうが。俺はおまえの助手にはなると言ったが、所有物になると言った覚えはない」


「あー、悪かった、そんな意味ではないのだ。持ち物、と言っても所有しているわけではないし、飼猫と言っても飼っているわけじゃない」


「そうでしょうとも!」


「それで、本当に心当たりはないんだ? どこかで会っていなければ、ロファーにれるはずもないと思うんだが」


「本当に俺は惚れられているのか?」


泣き出しそうなロファーを気にせずジゼルが続ける。


「最近、店に来始めた人とか、しょっちゅう前の道を通る誰かとか、思い当たらない?」


「ここんところ、新規の客はないな」


「どこかで誰かに親切にしたりとかは? 頻繁にしているから却って思いつかないか・・・」


「それ、俺が親切の押し売りしてるように聞こえる」


やっぱりロファーを無視して、ジゼルが再び便箋びんせんに視線を落とす。


「文字はこの国の物。でも、そうだからと言って国外から来ていないとは限らない」


「そうなんだ?」

「魔導士なら大抵の国の言葉を操る。ロファーと同じくらいは扱える」


「おまえの外国語は大したことがないと言われた気分だ」


クスっとジゼルが笑う。

「街人で、あなたほど扱えるのは珍しい。あなたの語学力は魔導士並みだ」


「褒められたのか?」


「とりあえず、差出人を探すかな。ロファーはしばらく私の住処に泊まり込め」


はぁ、とロファーがため息をく。


「仕事が溜まっているんだが? 今日も休んでここに来ている」


「また店に閉じ込められるかもしれないよ? 今日はバラで済んだけれど、今度はハサミじゃ切れないもので閉じ込めるかも」


「俺に危害は加えないはずじゃ?」


「今日もこうしてここに出かけてきた。どこにも行かせたくないのだろうから、明日もまた閉じ込められると思うよ」


「まったく。ジゼル、おまえに見込まれてからというもの、俺は大変な思いをしてばかりだ」


嘆くロファーを尻目に


「とりあえず中に入ろう。ここじゃ、丸見えだ」


とジゼルが笑った。


それじゃあ何か、テラスの様子をじっと見られてたってことか? と、部屋に入るなりロファーが訊く。


「魔導士の住処の看板のあたりから、こちらを睨み付けていたね」


事も無げにジゼルが言う。


「そんな人影あったかな?」

「姿は消していた。当たり前だ」


「敷地の中を見えないようにはしてないんだ? ほら、結界とか何とかで」


「できなくはないが、そんな事をしたら誰も入って来れなくなる」


「あ、そうだな。でもそれってソイツも入って来られるってことなんじゃ?」


「入って来られるさ、入って来なかったけどね。まぁ、建屋の中までは見通せない。


壁があるのだから街人にとって見えないのは当然だけど、魔導士の遠見や遠聴なんかも弾く結界を張っている。そうしておかないと、丸見え同然なんだ。


ちなみに敷地に張った結界の中では、私以外の魔導士の術を無効にする仕掛けもしてある。まぁ、魔導師の間じゃごく普通の措置だけどね」


「なぁ、その結界って、俺の店には出来ないんだ?」


ジゼルが、チッと舌打ちする。


「ロファー、あなたはヘンなところで頭が回る。聞かれたくないことを平気で聞いてくる」


「なんだよ、今の質問、おまえにとって不都合なのか?」


うーーーん、と唸ってジゼルが腕を組む。


「あなたのあの家と言うか店と言うか、権利者はあなた?」


「そうだけど? 買ったのは親父だけど、死んだあとは俺の物になっている」


「いやね、あの家にはすでに保護術が掛けられている。権利者の同意がなければできないことだ」


「魔導士の知り合いはおまえだけだ」


「あなたの父上が同意したのだろう。でも、街人がそんな事を頼むのは珍しい。なぜ、保護術が必要だったのかね」


「その保護術が掛けてあるのに、封筒が届き、バラが蔓を蔓延はびこらせたぞ」


「ドアを開け放しているからだ。そして閉められたドアに、手紙の送り主が癇癪かんしゃくを起してバラをわせた、ってことも考えられる。建物の表面は結界の外だ」


どちらにしても、とジゼルが言った。

しばらく様子を見よう。ここにいればロファーに手出しできないから諦めるかもしれない。そうでなくても、あちらから尻尾を出してくるかもしれない」


暫くって何日だよ、と文句を言いたいロファーだったが、どうせジゼルはまともに答えないと思い、黙っていることにした。

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