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ウィステリアの花房の下で、プラチナの髪が木漏れ日にきらめいている。どうやらジゼルはテラスでお茶を楽しもうとしているようだ。


手に持っているのは高価そうなティーポット、テーブルにはポットと揃いのティーカップが二客、用意されている。


「呼んだ覚えはないが?」


ロファーを見もせずにジゼルが言う。敷地に入った時点で感知していたのだろう。


「呼ばれなければ来てはいけなかったか?」

「まぁ、お茶の相手が欲しいと思っていたところだ。座れ」


ロファーが座ると、目の前にジゼルがティーカップを置き、やはり揃いの砂糖壺のふたを取る。どれもエメラルドグリーンの美しいものだ。


そう言えば、昨日、ミルタスを活けた花瓶も同じ色だったとロファーは思い出す。


「いつものティーセットとは違うね」


ロファーが問うと、ちらりとジゼルはロファーを見た。


「昨日、月影の魔導士が、私に処分して欲しいと寄越したものだ」

「処分?」


「うん・・・ロファー、人の思いとは不思議なものだな」


ジゼルが自分のカップに砂糖を入れながら軽くため息をく。


「花瓶も、ティーセットも、ある人が月影の魔導士に贈ったものだ。贈り主の思いや願いが込められたものだ」


「思いや願いって?」

想像はつくがはっきりさせたくてロファーは聞いた。


そんなロファーにジゼルが、フン、と鼻を鳴らす。


「多分、愛とか恋とか言うものだろう。触れれば、暖かく優しい風が心に吹く」


「それじゃ、その贈り主は月影の魔導士とやらにフラれた訳だ?」


「フルならば、受け取らないか、返すとかすればいいと思わないか? 彼はそれができなかった。そんな事をすれば、彼女を泣かせてしまうから、と」


「中途半端なヤツだな」

「うん、中途半端だ」


「彼女は脈があると勘違いしているだろうね」

「彼女はほかの男と婚約するかもしれない」

「はぁ?」


「月影の魔導士が、そうしろ、と彼女に言ったからだ。相手は月影の魔導士の一番の親友」


「・・・めんど臭いな、普通にフってやればいいのに」


「このティーセットは婚約の話が出てから彼女が持ってきたそうだ。そして『私の笑顔はあなたのためにある』と言って帰って行ったそうだ」


れた女に言われれば、この上もなく嬉しい言葉だろうが、気のない女に言われれば、のろいの言葉だな。って、これは呪いのティーセットか?」


慌ててカップを置くロファーをジゼルが笑う。


「そんなものを月影の魔導士が私に渡すわけがない」


そしてゆっくりカップを口元に運ぶ。


「処分しろ、と言われたのだろう?」


カップを置いてジゼルが薄く笑う。


「預かって欲しいのだと、私は受け止めた」

「預かりものを使っちゃっていいのか?」


「この色、月影の魔導士の髪の色によく似ている。使えば贈り主に何らかのサインが送られる、と私は思った。たぶん月影の魔導士もそう思ったのだろう」

「どういうこと?」


「月影の魔導士は自分に自信が持てずに迷っている。彼が盲目になってから、やっと一年だ。魔導術で生活に不便はないものの、やはり目で見る世界と、魔導術で見る世界は違うと言っていた。


本を読むのに苦労していると言っていたね、裏のページや重なったページの文字まで同時に見えて、重なってしまうので、加減が難しいらしい」


「魔導士って目が見えなくなっても文字が読めるんだ」


「誰でもってわけじゃない。月影の魔導士が特殊だからだ。どう特殊かは聞くな、話しが長くなる。で、特殊だからこそ、自信が持てない。この先どうなるか判らない」


「自信が持てなくて、彼女に応えられない?」

「おや、ロファーにしては察しがいい」


「ひょっとしたら、相思相愛? それじゃ、婚約しようとしている相手が気の毒だ」


「月影の魔導士は自分の思いを切り捨てようとしているようだがね。彼女の笑顔のために」


「なんか、納得いかないな」

「ロファーらしい反応だ」

と、ジゼルが笑う。


「月影の魔導士の思いを、きっと彼女も知っているのだと私は思う。だからこそ、負担になりたくないと、彼女は思うんじゃないだろうか。


そして婚約者候補の男も月影の魔導士の思いに気が付いている。婚約は調わないだろう」


「ジゼルの予測では、その魔導士は結局彼女と結ばれる?」


「いや、それは判らない。慕う心が強いほど、負担になりたくない気持ちも強いらしい。思い続けるだけで、いつまでも平行線のような気がする」


「ジゼル、テコ入れしたいから、この食器を使っているんだろう? 誰が使ったかまでは彼女に知られないとか?」


それに答えずジゼルは、ロファーと自分のカップにお茶を注ぎ足す。


「月影の魔導士、と呼ばれるのは彼が月の加護を得ているからだ。今まで現れたことのない加護だ。月の満ち欠けに力が左右される特殊なものだ。


その加護を与えたのは私で、彼が思いを寄せる女性は私の姉だ」


ジゼルがカップを見詰めながら呟く。


「欲しいものを欲しいと、がむしゃらに求めるのはいけないことだろうか? 無論、まったく他者を省みなければ争いが起こるだけだ。


だけど、そうでないのなら、人は素直になっていいのではないだろうか? 素直になる事こそ、幸せに繋がっているように思える」


「どちらにしろ、ジゼルが悩んでも意味がない。どう生きるか、誰と生きるか、それはそれぞれが決める事だ。


おまえが加護を与えた、と言っていたが、それがどういう事なのかさっぱり判らない俺が言うのもなんだが、盲目になった彼の助けになるよう、おまえはそうしたのだろう?


ならば、おまえの判断が間違っていると、俺には思えない」


「ロファーは単純でいいな」

お茶を飲みながらジゼルがニッコリする。


「単純で悪かったね、おまえら魔導士のように小難しく考えるのは性に合わない」


面白くないと言いたそうなロファーを、薄ら笑いを浮かべたまま横目でジゼルは見ていたが、


「そう言えば、用があって来たのでは?」

と、思い出す。


「あぁ、そうそう、実はね・・・」

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