3

「まいど! って、どうかした?」


いつもの通り、伝令屋のカールがロファーの店に入ってくる。そして、いつも通りでないロファーを見て不審がる。


「いや、昨夜眠れなくって・・・今日は休むかも」


カールが来たら、店を閉めようとロファーは思っていた。


「なんで眠れなかった? 二日酔いにしちゃあ、おかしいと思ったんだ。顔、真っ青だよ、ロファー」


そう言いながら、鞄から封筒の束を出そうとしていたカールの手がふと止まる。


「ロファー、昨日の封筒・・・」

「うん?」


見ると、カウンターに薄桃色の封筒が置いてある。


「昨日のとは別だ。昨日は型押しが百合だったが、今日はバラだ」

手に取って眺めながらロファーが言う。


「何のおまじない?」

ロファーが自分で用意したとカールは勘違いしたようだ。


店に降りてきたとき、こんな物はなかった。さすがに誰かが入ってきて気が付かないはずはないと、ロファーは思った。と、いうことは、答えは一つだ。


「いいから、今日の分、こっちは十八ある」


カールが寄越した外国便をこなし、記録帳に書き込み、カールにサインを貰い、カールが帰る。


それからロファーはカウンターにあった封筒を開けた。


(ミルタスは私に下さい)

と、書いてある。


昨日と同じ筆跡、インクも多分同じだ。ほかには何もない。


店を閉め、外側のドアノブに『ロファーは本日休業』と札を掛けた。


そして、どうしたものかとロファーは迷う。


昨夜は、一晩中、しくしく泣く声が聞こえてきて、ほとんど眠れなかった。ジゼルの仕業しわざだ。


いつもの時間にベッドに入り、ウトウトし始めた時だった。


『ねぇ、ロファー』と、頭の中に直接ジゼルの声がする。『眠いから話しかけるな』と、つい頭の中で答えてしまう。


「眠れないよ、話し相手して」

(だから言っただろうが。珈琲を五杯も飲むからだ)


「ロファーしか頼る人がいないのに」

(でも、眠いんだよ、もう真夜中だよ?)


「ロファー・・・」

と、そのあとは話しかけてこないがすすり泣く声がする。


何も考えずに眠ろうとしても、なかなか眠れるものじゃない。


それでも、ジゼルのすすり泣きが聞こえる中、ウトウトし始め、浅い眠りが訪れる。


勿論、熟睡できるはずもなく、ジゼルがしくしく泣く夢を見続けた。


夢の中のロファーはジゼルを懸命に慰めている。


『おまえみたいな子どもが魔導士なんかしているからだ』と、ジゼルに魔導士をやめるようさとしていたりする。


とうとう明け方に見た夢は、泣いているジゼルの後ろから近づくが、振り向いたジゼルには目がなく、うわっ! とロファーは叫び声をあげ、飛び起きた。


頭の中には相変わらず、ジゼルがしくしく泣く声が聞こえる。


「くそっ!」


その足でロファーはジゼルの家に行き、怒鳴り込むつもりだったが、当のジゼルはロファーが着くころにはやっと眠りについたようで、すやすやとベッドで眠っている。


よっぽどたたき起こし、もう絶交だ! と言い渡そうかと思ったが、結局そのまま帰ってきた。子ども相手に大人気おとなげない、と思ってしまったロファーだ。


ひどい頭痛がした。食欲はなかったが、少しは食べたほうがいいかと、温めたミルクとパンだけの朝食を済ませてから店を開けた。


カールが来たら、店を閉め、もう一度寝よう、と思っていた。


そこへ、昨日に引き続き、謎の封筒が現れる。


現れ方からして、きっと魔導術を使っている。犯人はジゼルではないと、ロファーは確信していた。


昨日、ジゼルは、街に魔導士が入り込んだ、と言っていた。そしてジゼルの結界に攻撃を仕掛けたとも言った。


「この封筒がその魔導士と無関係、なんてあるもんか」


ジゼルのところへ二通の封筒を持って行こう、ロファーはそう思ったが、まずは一眠りしてからだ、と二階にある寝室に向かった。


ひと眠りしたロファーを起こしたのは、窓の外から聞こえるロファーを呼ぶ声だ。


もう少し寝かせろよ、と思ったが、あの声はレオンだ。


何があったのだろう、と渋々起き出して窓から下を見降ろす。すると下からレオンがロファーを見上げた。


ロファーの寝室は店の二階だ。店の奥にある控室にある階段を上り、最初のドアが寝室になっていて、大通りに面している。店の真上だ。


「おまえ、ロファー、どうしてこんなことになった?」


ロファーを見ると、レオンが声を張り上げる。


「どうやって店に入るつもりだ? いや、店から出るんだ?」

「なに言ってるんだよ、レオン」


「店の入り口が塞がれている、どうやって塞いだんだ?」

「え?」


窓に身を乗り出して、ドアのあたりを見てみると、ミルタスの向こうに色とりどりのバラが見える。どうやら蔦バラで、ドアを埋め尽くす勢いだ。


慌てて階下に降り、ドアを開けようとするが、びくともしない。


ロファーの店舗兼住処のドアはここだけだ。


以前は勝手口があったが、ロファーの十三の誕生日に両親が惨殺された後、壁を塗りこめて塞いでしまった。勝手口から犯人が入ったと推測されたからだ。


その事件の後、ロファーは周囲の助けを借りて、一人で代書屋を切り盛りし、今では街一番と言われるほど繁盛させている。


ドアにへばり付いてロファーが叫ぶ。

「レオン、聞こえるか?」

「おぅ!」


「このバラ、何とかできないか?」

「引きむしるのは無理だ、窓からハサミを落とせ」

判ったと、階段を駆け上る。


小ぶりの剪定バサミを出すと、タオルに包み込み、紐で縛った。それに長い紐をつないで、窓から落とす。


レオンに届く長さに紐を調整してから、少し引き上げ、レオンに向かっていくように揺する。


レオンが捕まえたのを見届けてから紐を離せば、ハサミがミルタスの茂みに飲み込まれることがない。


再度、一階に駆け下りドアの前に立つ。


「どうだ? 巧くいきそうか?」

「うん、このハサミ、よく切れるなあ」


そりゃあそうさ、とロファーが心内で思う。ジゼルに貰った剪定バサミだ。


「ふぅ、終わった・・・この切った枝、どう始末する?」

レオンがドアを開けて店に入ってくる。


「あぁ、助かったよ、持つべきものは友、だね」


レオンと入れ替わりにロファーが店の外に出て、ドアの外側を見てから、足元の切り刻まれたバラを見る。


朝、カールが来た時には、こんなことにはなっていなかった。それが、バラはドアにまで根を食い込ませている。


(魔導術に間違いない。きっとあの封筒とも関係ある)

と、ロファーに確信させた。


「とりあえず、店の外は掃除しておく・・・今、お茶を入れるよ、適当に座って待ってて」


レオンがソファーに掛けるのを見て、ロファーが掃除道具を取りに消えた。


すぐにほうきとチリトリを持ってロファーは戻ったが、店の外に出て愕然がくぜんとする。


既に切りカスは枯れて縮んでいて、ロファーの目の前で、とうとう消えた。


「魔導術?」

ロファーの耳元でそう言ったのはレオンだ。


ロファーの様子に、わざわざ店の外に出てきて、ロファーと同じものを目の当たりにしたレオンだ。


「多分ね・・・街の魔導士様にうかがってくるよ」

「うん、あの魔導士様は当てにならないが、こうなったら、頼れるのはあの子だけだ」


レオンの声を聞きながら、念のためロファーはドアの外側を見た。


思った通り、ドアは傷一つなく、元通りになっていた。

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