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また
「揶揄う? 今の話、冗談だとでも? 本当だよ、魔導師は嘘が
あ、
「こないだも言ったけど、そもそも・・・」
と、ジゼルの魔導術講座が始まった。
「だいたい魔導士はみんなそれなりに心を鍛えているから、夢で術を使おうが、大して外界、この場合は夢の外の世界、に力を作用させるなんてことは滅多にない」
それより怖いのは、魔導術や神秘術の扱い方を知らない常人だ。
恨みや憎しみを夢の世界に持ち込んで、そのあげく、思いが体から抜け出して、相手を攻撃するのは常人のやる事だ。いわゆる『
「常人、つまり、我ら魔導士が言う
魔導士はその辺り心得ているからね。もし恨みを晴らすなら、さっさと魔導術を使うよ、意識がしっかりしているときにね」
と、ジゼルがニヤリと笑う。
神秘力と言うのは、自然の摂理と思えばいい、と以前ジゼルが言っていた。
「なんで、恨みとか憎しみにはそんなパワーがあるんだろうね」
と、ロファーが言うと
「人は本来、明るい所で生きるものだからだよ」
と、そんなことも判らないのかと言いたげにジゼルが答える。
「愛や喜びに包まれて人は生きる。不足すれば体調を壊すこともある。そう言った『陽』の気が人の命を支えている。常に人は『陽』の気に包まれているんだ。
だから『陽』の気を人は特別とは思えなくなっている。本当はとても特別で大切なものなのだけどね」
人はそんな存在だから、憎しみや悲しさと言った『陰』の気は大きく人にダメージを与える。
通常ならば『陰』の気は『陽』の気で解消されるけれど、時には解消しきれずに蓄積されることもある。『陽』の気を自分で拒んだりすると加速される。
「人ってね、自分で思っていないうちに魔物になってしまうこともあるんだよ」
「判ったような、判らないような・・・」
と、納得しきれていないロファーにジゼルが続ける。
「欲しかった物を手に入れたら誰でもすごく喜ぶものだ」
けれど、手に入れてしまうと、持っているのが普通になり、喜びを感じなくなる。あるいは別の物や、もっとよいものが欲しくなる。手に入れた時はあんなに嬉しかったことを忘れてね。
が、欲しいものが手に入らなかったらどうだろう? 手に入らないことを嘆き、手に入れられない状況を恨む。それはずっと続く。
「手に入れた時の喜びは消えていないはずなのに、感じなくなる。手に入らない嘆きは手に入るまで継続される。判った?」
とジゼルに言われ、ロファーが
「まぁ、なんとなくね」
と答えると、いつものように、怪しいもんだ、と言いたそうな顔をジゼルがした。
せっかく来たのだから、夕飯を食べて行って、と言われたのはいいけれど、料理したのはロファーだった。
「ミルタスをわざわざ持ってきたんだから、羊肉を煮込むといいよ、私は大変疲れているから、少し休みたい」
「何か疲れるようなことでもしたのかい?」
「魔導士学校に行ってきた。『月影の魔導士』に呼ばれたんじゃ、断れない」
「月影の魔導士?」
「うん・・・彼が死に掛けた時、私が救ったんだけど・・・私が
「死にかけたって、いったい何があったんだ?」
顔色を変えるロファーにジゼルが軽く笑う。
「私を助けようとして、落命しかけた彼を助けただけだ。いわば私の恩人。まぁ、無駄話はこれで終わり。料理ができたら起こして」
ミルタスは枝元のほうの葉っぱを使って、残りは花瓶に差しておいてと言いながら、ジゼルは宙からエメラルドグリーンの花瓶を出した。
少しだけその花瓶を眺めてから、ジゼルはロファーに渡した。
いい感じに羊肉のトマト煮込みができたころ、ロファーがジゼルの様子を見に行く。
ジゼルは、力を使い過ぎると体温が保てなくなる。ロファーの一番の仕事は、そんなとき、ジゼルを温める事だ。
ジゼルが疲れたと言っていたのが気になって、ロファーはジゼルの様子を見に行った。
ジゼルは、まだあどけなさの残る顔ですやすやと眠っている。頬に触れると、ひんやりしているが、冷えているわけではなさそうだ。ロファーがホッとする。
なんでこんな子どもが魔導士なんかやっているんだろう、と、いつものようにロファーは思う。
いくら魔導士としてのジゼルを目の当たりに見ても、おまえ、まだ子どもじゃないか、と、つい構ってしまうロファーだった。
と、ジゼルが急に動き、顔を
慌ててロファーがもう一度頬に触れるが、体温が下がって訳ではなさそうだ。悪い夢でも見ているのか?
「あ・・・ロファー」
目覚めたジゼルが、ゆっくりと体を起こし、部屋を見渡す。
「どうした? 今、
「うん、誰かが私の結界を破ろうとした」
「え? それは夢の中で?」
するとジゼルが薄く笑う。
「夢の中で、ともいえる。だが現実でもある」
ジゼルがいつものように宙を見つめ、
ジゼルの家にはジゼルを守る妖精がいると、聞いているロファーだ。その妖精とジゼルは何か話しているのだろう。
「やはり、確かに攻撃があった。誰か街に潜り込んでいるようだね」
「誰かって?」
「私に関知されないほどの力を持った・・・魔導士ではなく、魔女、だな」
「また、魔女ですか・・・」
ロファーは魔女という言葉をジゼル以外から聞いた事がない。ジゼルは『いつか説明するから聞くな』と言って、魔女について説明してくれない。
「通常、神秘力を生まれながらに扱えるのは女だけだ。男の場合、自分の力に押し殺されて五年程度生きれば良い方だ。だからそんな男の子は力を封印されて街人として市井に生きる」
「え?」
「魔女が何かを知りたいんだろう? 説明しているのになんだ、その顔は?」
「いや、聞くなって言われていたから・・・」
「魔導士学校とギルドの本拠は隣接している。ついでだから足を運び、ロファーに魔女の事を説明する許可をギルドから得た。私の労力を無駄にするな」
「あ、はい、それはどうも」
いつも通りの上からの物言いに、ロファーが鼻白む。
「で、だ、女だけがそんな力を持っているとなると、神秘力を扱えない街人たちがどう思う?
魔導士には、努力と才能が必要だが街人でもなれない訳ではない、性別問わずに、だ。
それが魔女は女だけだ。迫害の対象になる事は目に見えている。そして無駄な虐殺が行われかねない」
かなりの昔、魔導士ギルドができたころ、魔女狩りが頻繁にあったらしい。
それを
話し合いは長い時間を要したが、一応の決着を見る。魔女を女魔導士として魔導士ギルドに登録し、『魔女』という言葉を世の中から消そうというものだった。
それは実行され、今では魔女という言葉を知る街人はいない。
だが、事実、魔女は存在し、魔導師の力とは別の力を持っている。魔女ギルドは今もあり、魔女は、魔女であり、女魔導士であり、両方のギルドに必ず登録されている。
そして、通常は魔導士よりも魔女の力のほうが強い。
一部の天才魔導士は最高位魔導士と呼ばれ、魔女の力を上回ることもあるけどね。
「最高位魔導士と呼ばれているのは、現在は十名ないし十一名。一人、ギルドを離れ逃亡している。生死不明だ」
「逃亡?」
「犯罪者なのだ。そうそう、魔女ではない女魔導士も結構いるよ」
そしてジゼルがロファーに向き直る。
「ロファー、判ったか、これでもう、魔女とは? と聞くなよ、面倒だ」
「うん、判った」
≪口外無用≫
ロファーには聞こえない声でジゼルが呟く。これで、魔女の件をロファーが外部に漏らすことはない。
羊肉のトマト煮込みをジゼルはたいそうお気に召したようで、あっという間に三杯も平らげロファーを驚かせた。あの小さい体のどこに羊肉は納まったのだろう、と思うほどだ。
フランネルの茶漉しがあるというので、ロファーは珈琲を淹れることにした。ミルがある事は知っている。
ジゼルは珈琲が初めてだと言って、美味い美味いと大喜びだ。こんなに飲んで大丈夫かなと、ロファーは心配だったが、喜ぶ顔が嬉しくて、つい、求められるまま五杯、ジゼルに淹れてしまった。
帰りは馬のサッフォに送ってもらい、大きな丸い月を眺めながらロファーは帰って行った。
が、途中で気が付く。
(魔女が街に潜り込み、ジゼルに攻撃を仕掛けたと言っていた。それをジゼルはどうするつもりだ?)
心配だったがジゼルは話を変えてロファーをはぐらかした。ならば今、追及したところでジゼルは何も言わない。
何か言われるまでは静観しているほかないな、と落ち着かない気分が残るものの、ロファーは家路を急ぐしかなかった。
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