夫婦の魂
午前三時。まだ、街は眠っていて目覚めるには早い時間。
県道18号線碓氷バイパスを、ISS所属車両と神奈川県警SATの車両が目下軽井沢町方面へ西進していた。
先頭を走るホンダ、オデッセイには矢上と俺、イリナが乗っている。
俺達は後部座席に座り、武器の最終チェックをしていた。
足のケガに障るから重い装備は着用、携行出来ない。
しかし、どんなものだろうと自分の命を左右しかねない、大切な物だ。
だから無言で、目の前の武器に集中する。
自分のベレッタの状態は良く、二十発装填できる弾倉は銃に挿してある分を含めて三つある。
つまりは、六十発の九ミリ弾を携行しているのだ。
それに対して、イリナの武器は刃物だった。
軍用のマチェット。刃は艶消しの為に黒く塗られているが、シルエットだけでも十分に威嚇効果がある。
彼女は刃を研ぎ、争いに備えていた。
そしてお互いの服の下には、防弾ベストを装備している。
ベストは軽い物で、一般的な拳銃弾なら貫通を防げる。
屋敷にどれぐらいの装備があるのか分からないが、ライフルの一丁でもあれば俺達の死ぬ可能性は跳ね上がる。
それに、常人ではまずやらないコンディションでの突入だ。
そもそも無事で帰れる保証すらない。
「……我ながら、狂ってるよな」
「今更、何を言ってるの?」
マチェットを鞘に収めながら、イリナは言った。
「まさか、怖気づいた?」
「……いや。その逆だよ」
風穴が空いてる方の腕を、天井に向ける。その手は震えていて、俺の心臓は早鐘を打っていた。
――武者震い。
俺は今、猛烈に興奮している。それが直に伝わってきた。
傭兵時代でもそうそう感じる事は無かった、この感覚。
身体の疼きが止まらない。
「興奮しすぎて、首謀者を殺さないでくださいよ」
運転席からツッコミが入る。
それに対して。
「保証はしないけど――」
「――極力努力はするよ」
夫婦でそう答えた。
そのうち、車はバイパスを外れて脇道へ入った。
更に五百メートル程進んだ所で、矢上は車を停める。
後続の車両も同じ様に停まる。
俺達が降りると、ハイエースやバンからは強襲係員やSATが列になっていた。
強襲係もSATもMP5を装備している。
運転席に出てきた矢上は、少しゴツイ防弾ベストを着て拳銃のホルスターを腿に装着していた。
彼は手を叩き、周囲の意識を自身に向けてから口を開いた。
「この道を三百メートル進んだ先に屋敷があります。打ち合せ通り、SATの皆さんは二百メートル前に待機。第一班は百メートル前で待機。先遣の石田さん達が突入してから、三分後に第一班が突入します」
ここで、矢上は一旦黙った。周りの理解度を確認する為だ。
この任務は、エレナ救出。言葉を固くすれば人質救出作戦となる。
誰かがヘマすれば、仲間だけでなく人質の生命も危うくなるのだ。
女の子好きの変態だからと言って、緊急事態でもその声明を重要視するかは未知数だ。
足手まといだからという理由で、子供を殺してもなんらおかしくは無い。
だからこそ、一から十まで理解しているか確認する義務が、矢上にはある。
けれど、目の前にいるのは現役精鋭警察官に、元陸自空挺や元海自特別警備隊だ。
そんな事も分からない程、バカではない。
皆真剣な眼差しで無言でいるのを確認し、矢上は話を続けた。
「人質は九歳の女の子。屋敷の一室に監禁されている可能性が高いです。……言っておきますが、人質の生命が最優先です。人質への危害や向こうからの危害射撃を受け次第、各自射撃を許可します。そして、射殺もやむなしと判断した場合も、各自で撃っても構いません。――質問は?」
誰もが黙り、直立不動だ。
「……前進!」
矢上の号令の下、俺達夫婦を先頭に突入部隊が屋敷へ向かう。
二百メートル地点、百メートル地点でそれぞれの部隊と別れ、屋敷の輪郭が見える頃には俺とイリナと矢上の三人になっていた。
「……じゃあ、私はこれで。健闘を」
矢上は綺麗な敬礼を捧げ、自身の部下の所へ戻って行った。
彼の背中を見送り、俺達は揃って屋敷の方へ目を向ける。電気は灯っておらず、屋敷内にいる全員が寝入っているのだろう。
そして、エレナもそこにいる。
近くにいる。
けど、とても遠い。
「行こうか」
「おう」
イリナと肩を並べ、屋敷の正面へ行く。俺はそこに携帯電話を置いた。
それから裏に回る。
裏は崖になっており、人気は全くない。だが、手入れはされているようで草は刈られている。
俺達はその上に、寝っ転がった。
突入するタイミングにはまだ少し早い。
インカムの電源を入れ、待機している部隊に呼び掛ける。
「待機」
それだけ言うと目を瞑った。
静かに忍び込み、エレナを奪還した後にSATなりに突っ込ませるのが、一番安全な方法だ。
でも、それでは外連味が無い。散々ナメた態度を取られて、挙句に娘を誘拐されているのに、泥棒の物真似で解決するなんて馬鹿らしい。
向こうにもそれなりの代償は払ってもらう。
とんでもない奴を敵に回したという、印象も付けてだ。
「こちとら、百戦錬磨の傭兵だぞ」
「私は、ヴァンプと呼ばれた女よ」
戦歴二十年のベテランに、刃物使いも化け物。
怖いもの無しだ。
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