意味と絆を示せ

 医者には申し訳ないが、無理を言って退院してもらった。

 そして、早速射撃のカンを取り戻しに、ISS本部の射撃場に来た。

 撃たれてから二日で銃を握るなんて正気とは思えないが、正気を保っていたところで勝利は歩いてこない。

 右腕に穴が空いているので、左手で銃を持つ。反動で腕が痛むので、必然的に片手撃ちを強いられる。

 当然の事だが、片腕に利き手じゃないせいで照準は上手く定まらない。

 試しにワンマガジン撃ってみたが、装弾数の半分も当たらなかった。


「……畜生」


 スライドストップが掛かったUSPを、カウンターの上に置いた。

 足の方は我慢できるぐらいにはなったが、走ったりはまだ出来ない。

 身体はまだまだ、満身創痍という言葉が相応しい状態だ。

 まばらに穴が空いたターゲットペーパーを睨み、やり場の無い怒りを舌打ちにして表した。

 そんな時、矢上が荷物を抱えてやって来た。


「どうです?」

「……苦戦中さ」


 ペーパーを指で示し、顔をしかめる。


「……そんな石田さんに、良い物を持ってきましたよ」


 矢上はニヤリと笑い、荷物を置いて梱包を解いた。

 箱の中身は銃だ。ベレッタ92に似ているが、セレクターや折り畳み式のフォアグリップがあったりと、細部が変化している。


「イタリア製。ベレッタ93Rです。見てくれは拳銃ですが、三点バーストで射撃が出来ます」

「マシンピストルってことか」

「はい」


 俺は93Rを手に取り、スライドを引いた。ポリマーフレームのUSPに比べ、少し重いが片手で保持は出来る。

 しかし、問題が一つある。


「マシンピストルと言ったな。……普通の拳銃ですら、片手で当てるのが難しいのに、今の俺に使いこなせる気がしない」


 銃を撃つ時には、銃口のブレを如何に抑えるかがキモになる。

 仮に一発目を当てられても、二発目以降を外しては相手を確実に倒せる確率は低くなるのだ。

 人間というのは脳幹や心臓などの急所に弾が当たらない限り、即死することは無い。

 短くても三十秒程は生きられる。相手に余力があれば……いや、相手は死力を尽くしてをして来るだろう。

 だから、すぐに二発目を命中させ息の根を止める。

 軍隊などで習うダブルタップの意味がそれだ。

 今の俺では、それが難しい。瞬間的に三発の九ミリ弾をぶち込めるのは魅力的だが、その分銃口の跳ね上がりはピーキーになる。

 しかし、矢上は俺の言葉を待っていたと言わんばかりに、ある部品を荷物から出した。


「ベレッタの専用ストックです。……ちょっと、銃を貸してください」


 言われた通りベレッタを差し出し、矢上がストックを取り付けるのを待つ。

 矢上は二十発入りの弾倉を挿しこんで、俺に返した。


「撃ってみて下さい。セレクターは単発になっています」


 言われた通り、スライドを引いて銃を構える。感覚はサブマシンガンを構えているのに近い。

 銃口をターゲットに向け、引き金を絞った。

 聞き慣れた銃声。弾は、狙っていた部分から僅かにズレたが、人型の枠に収まった。

 その際の反動は、明らかに小さくなっていた。

 ストックが反動を吸収してくれたのだ。片手だけで耐えていた反動が楽になり、先程より狙いやすい。USPの結果とは大違いだ。


「……凄いな」


 感嘆の言葉を口にする。


「役に立ちますかね?」

「ああ。これ、使っていいんだよな?」


 意地悪するような正確じゃないのは分かっているが、念の為聞いておく。

 矢上は鷹揚に頷いた。

 了承を得たので、遠慮なしに残りの弾も標的に当てる。

 二十発ほぼ全てが人型の内側に命中した。


「……こんな銃、何処で手に入れたんだ?」


 スライドストップが掛かっても手放さず、しげしげと眺めながら矢上に訊ねる。


「押収品です。……弓立涼子の置き土産と言ったところですかね」


 彼が口にした名前は、聞き覚えがあった。

 だが、どうも詳しく思い出せない。ボケが始まるには、少々早すぎるのだが。


「……虐げられた元子供の銃が、愛されてる子供を救うなんて皮肉ですけどね」


 ――その言葉には、弓立何某なにがしに対する哀れみのような感情も込められてるように、俺は感じた。

 でも、俺にとってはどうでもいいと同時にありがたい存在だ。


「まぁ、有難く使わせてもらうよ」


 予備弾倉やクリーニングキット一式を貰い、今度は突入時のフォーメーションを打合せする。


「突入は我々だけで。SATは屋敷の周囲を固めさせます」

「……先陣切らせてくれるな?」

「いいですよ。但し、無理は禁物です。エレナちゃんに会う前に死んでは、元も子もないですからね」

「……ああ」


 俺は頷き、矢上の携帯で天気予報を確認した。明日は絶好の突入日和となりそうだった。


「……石田さん。本当に、いいんですか?」


 不意にそんな言葉を、矢上から投げかけられる。


「正直に言って、その身体で突入は自殺行為です。……上司としては、目の前で部下に死なれたくはありません」

「……やめろってか?」

「突入は、我々だけで出来ます。だから病院で待っていれば、すぐに会えます。なんなら、外で待機してるだけでいい。……ボロボロ身体に必要以上の鞭を打ってまで、突入するんですか?」


 野暮な事を聞くな。そう言おうと思ったが、矢上の真剣な目を見て答えるのを止めた。


「約束だからだ。エレナとのな」


 「私を、見捨てないで」と彼女は言った。戦えるのに、安全な場所でのうのうとしているのは見捨てるのと同義だ。


「彼女が、俺の戦闘理由なんだよ」

「――私のもね」


 射撃場の入り口には、トレーニングウエア姿のイリナが立っていた。ウエアは汗でぐっしょりとしていて、鋭い目を妖しく輝かせている。

 ヴァンプの名にふさわしくて、母親としての威厳も香ってきた。

 ならば、やる事は決まっている。


「俺達は戦うぜ」


 俺とイリナは逃げも隠れもしない。

 卑怯な手しか取れないクソ馬鹿に、俺達を倒せるはずがない。

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