戦う者

 矢上や医者が引き上げた後の病室は、静まりかえっていた。

 俺とイリナ以外の患者はおらず、外から微かに聞こえる喧騒とお互いの呼吸音しか聞こえない。

 明かりは消されており、起きていても何もすることが無いので目を瞑って眠ろうとしたが、どうしても高ぶった感情を抑えられずに眠りに入れなかった。

 それはイリナも同じ様で、唸り声をあげながら何度も寝返りをうっている。


「……寝れないのか?」


 なんとなく、声を掛けてみた。


「当たり前でしょ」


 返ってきたのは、不機嫌な声色。


「今すぐにでも、エレナを攫った奴を見つけてぶっ殺したいのに……」


 言葉の端々に迸る怒り。

 俺はそれをストレートに返した。


「足撃たれてんのに、戦える訳ないだろ」


 しかし、聞こえてきた言葉からは怒りが消えていた。


「命がある限り、戦えるわ。意志が消えない限り、戦える。私はそう思って戦ってきた」


 自分に言い聞かせる様な感じで、彼女は口にしている。


「……そうか」

「私は今、生きている。戦おうとする意志もある。戦う理由もある。……なのに、戦えない。悔しくてたまらない」


 最後の方は泣きが混じり、こっちの胸まで苦しくなってくる。

 そして、彼女はこう言った。


「……エレナの為に戦えないのが、辛い」


 脳裏にエレナの笑顔が浮かぶ。


「……俺もだ」


 今頃、酷い目に遭わされていやしないか。そう考えただけで、胃が悲鳴をあげて胃液がグラグラと煮立つ。

 なまじっか経験があるだけ、今の無力さが余計に際立つ。

 けれど。


「俺達が戦ってきたのは、理由はどうあれ本質としては、今この瞬間を生き残る為だったな」


 金だろうが、人殺ししか道が無かろうが、人が銃を取る理由なんて今この瞬間を生きる為に過ぎない。


「……だとすれば、エレナは今この瞬間、戦ってるかもしれないんだよな」


 イリナの方から、息を飲む気配がする。


「あんな小さい身体で、今も戦ってる。……そして、一度は救い出したのは誰だ? ……俺達だよな」


 もう一度、視線を窓の外へ動かす。


「戦ってるのは、俺達だけじゃない。……もう一度、エレナを救うぞ。あの子は、もう十分すぎる程戦ってきたんだ。これ以上、不遇な思いはさせない」


 一言一句、岩に刻むように思いを言葉にする。


「……勿論」


 イリナも肯定した。


「だったら、せめて一日でも早く回復しなきゃな。……寝直そう」


 そう言って、俺は布団を被り直した。

 そして目を瞑る前に、待ってろよと呟く。



 立川市。日本ISS本部。

 矢上薫と草薙敦子は渋い顔して、米本部から送られてきたファックスを眺めていた。

 それには、石田エレナ誘拐の首謀者の情報が記されている。

 日系三世の元米海軍兵士。退官後に興したレストランが当たり、そこそこの財を成したらしい。


「元米海軍か……」


 顔こそ苦々しいが、声はそこまで気張っていない。

 彼の脳内では、謎が解けたと思っているからだ。

 狙撃のプロを調達出来たのも、狙撃銃を日本国内に持ち込んだ方法も。

 日本国内にある米軍基地の主権は日本国に属するが、その中身はブラックボックスに近い。

 日本国の領土でも、軍事機密なんて言われてしまえば、警察の手には負えない。

 それに、あんな広大な土地に建てられた基地の中で、一丁の違法なライフルなんて見つけられるはずがない。協力者が国外から持ちこみ、日本国内へ放出する。

 米軍の所有物や運搬物も、仕事用と言えば税関はノーチェックだ。

 ある種、世界一簡単な密輸かもしれない。


「横須賀基地から漏れたと考えるべきね……」

「新宿異変以来、警察も海保も税関も、銃の押収に躍起になっていますからね。……その気になれば人も調達できる。考えたもんですよ、この男」


 矢上は溜息を付き、書類に添付された顔写真を指で叩いた。

 その顔や僅かに映る肉体は、でっぷりと肥えている。

 しかも、表情は腹が立つほど自信に溢れている。それが、二人が抱いている男への憎らしさを倍増させた。


「……この男、今日本にいるんでしょ? 石田夫婦が娘のポルノ現場に居合わせようもんなら、逮捕どころの話じゃなくならないの?」

「石田さん達は、病院で大人しくさせてます。相当頭に来てるようですけど、分からず屋ではないですからね。自分のコンディションを理解して、しかるべき時を待つ人達ですよ」

「じゃあ、この変態はどうなの? 人を外見で判断するのはよろしくない事だけど……正直言ってもう何人か犯してる顔してるわ」

「……まぁ、これは勘の域を出ないんですけどね」


 そう言って、矢上は携帯を机の上に出した。

 そこに写っているのは、米にある屋敷のクローゼットだ。端から端まで少女用の衣類が仕舞われている。

 ハリウッドスターでもここまでの衣装は持たないだろう。

 

「……これが?」


 草薙の反応を見て、矢上は指をスライドし別の写真へ切り替えた。

 今度の写真は天蓋付きベッドだ。


「子供の教育上よろしくない趣味ね……」


 怒りなどでは表しきれず、草薙は呆れた声を出した。


「性欲だけに囚われてるんだったら、こんな回りくどいことはせずにもっと近場でどうにかするはずですし、服やベッドも用意はしません。それに、子供の世話をさせるメイドもです」


 矢上はそう言い、米本部調査係からのメッセージを見せる。

 それには、メイドが二名いると書かれていた。


「こだわるにしても、度が過ぎてる。……もしかすると、性愛よりかは愛玩動物的な扱いを受けるかもしれませんね」

「………………」


 変態の考える事はよく分からんと言わんばかりに、草薙は肩をすくめた。

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