新静岡攻防戦
今いる五階フロアは、騒ぎのせいで俺達以外の人間はいなくなっていた。
ゆったりとした足取りで、レストランから出る。
その際に、先程殴った男の方に目をやった。呻き声も痙攣もしなくなっていた。
一人は殺人。もう一人は、傷害致死罪といったところか。
現在進行形では銃砲等不法所持。
今は休暇中だし、銃の携帯許可はISSから得ていない。
……そもそも、自分の銃ではないが。
家庭裁判所の調停人が知ったら、泡吹いて倒れるだろう。手続き云々関係なく、養子縁組が出来なくなりそうだ。
最悪、小指でも詰めて不問に処してもらうしかない。
もっとも、考えるのはここを無事に切り抜けてからだ。
「行けよ。ポイントウーマン。殿は守るからさ」
「上等」
TMPを構えつつ、イリナが非常階段の戸を開ける。
エスカレーターは接敵した際に不利だ。流れに逆らいにくいので、逃げるのが容易でなくなるからだ。
非常灯だけが冷たく照らす階段を、一歩一歩慎重に下っていく。
革靴を段に付ける度に、微かに鳴ってしまう音は確実に精神をすり減らしている。
ようやっとワンフロア降りたと思った瞬間、通常フロアと非情通路を仕切る金属扉が震えた。
扉が開き、俺が盗撮した男二人が通路に入ってきた。ステアーAUGを装備している。
ライフル弾を使用している為、俺達が持っている拳銃やSMGとは、比べ物にならない。
俺が拳銃をぶっ放して牽制し、イリナがエレナを守りつつ階下へ進む。
「行け行け! お前等だけでも先に進め!」
そう叫びながら、銃を撃つ。
十五発装填の拳銃と、三十発装填のアサルトライフル。
勝負は目に見えているが、出来るだけ引き伸ばす。弾を当てなくていい。一先ずは相手に頭をあげさせなければいいのだ。
スライドストップが掛かった瞬間に、二段飛ばしで駆け下りる。
俺が居た場所を弾痕がなぞる。
恐怖で肝臓がペースト状になりそうだ。
走りながら弾倉を交換し、踊り場で止まる。
騒がしい足音が段々近づいて来たが、様子がおかしい。
一人分の音しかしないのだ。男は二人いたはずなのに。
やむおえず男の相手をするが、やはり一人しかない。
……おそらく、二手に分かれたのだろう。
俺に二人で構っても居られない。
目的が何にしろ、一つの問題に固執するあまり目的がパーになったらまずいからだ。
少なくとも俺の殺害に本腰を入れてない以上、奴等の目的はエレナだと考えるのが自然だろう。
「クソッたれ……」
下手に逃がしたのは悪手だった。
もう一人の方は、通常フロアから先回りしているのだろう。
出入口は一階にしかない。待ち伏せして、一階に出て来たところを……という寸法か。
仮に俺がイリナ達を追いかけたとしても、後ろからも前からも敵が来る事になる。
考えられうる限り、最悪な状況に陥っている気がする。
「……ヴァンプの二つ名を、信じるしかないな」
もう一人をイリナが殺してくれることを祈り、俺は上に立つ男を殺す事にした。
けたたましい音と共に、手すりや段に穴が空く。
ここには隠れる場所も無い。
武器の差を埋める物もないから、俺には圧倒的に不利。
ならば、有利になる場所まで誘い込むだけだ。
銃撃の間を使い、通常フロアへ飛び込む。
そこはエレベーターホール。右はフードコートで、左は服屋や雑貨屋が数店あった。
一先ず、フードコートに向かった。
左側より隠れる場所があると、判断したからだ。
人気は無いが、多くの人が慌てて逃げた事が分かる程、そこは荒れていた。
食べかけのラーメンやら、踏まれて無残な姿を晒すバーガーだった物が散乱している。
まだ熱い丼でも投げつけてやろうかと思案したが、避けられて終わりだ。
というか、あの男の正面に立つのは自殺行為だ。
速攻に蜂の巣にされてしまう。
とりあえず、傍にあったたこ焼き屋に入る。やはり、ここも人はいない。
焦げた臭いがする。鉄板には炭になりかけの、たこ焼きがあった。
何か使える物を物色する。武器と呼べるものは包丁と千枚通し。道具と言えば、サラダ油ぐらいしか見つからなかった。
他は精々、小麦粉しかない。
映画なんかじゃ粉を撒いて粉塵爆発を起こしているが、アレは素人が起こそうと思ってそう簡単に起こせる物じゃない。
それに、爆発させるにしたって火種はライターか銃しかないのだ。爆発を起こせるにしても、その二つを使えば確実に俺も吹っ飛ぶ。
敵を殺す為に俺が死ぬなんて、本末転倒もいいところだ。
「何処に居やがる! 出てこい!」
男が怒鳴り散らす。丼かコップでもひっくり返したのか、何かが割れる音もした。
極限状態の脳が、手元にある道具を使い敵を倒す方法を絞り出す。
ここに居たところで、ジリ貧になるだけだ。
ベレッタの残弾も半分を切っているし、イリナ達の状況も気になる。
ヴァンプがそう易々と殺されている訳が無いが、エレナを守りながら一人で行う戦闘は彼女にとって初めてのはず。
しくじったなんて、想像もしたくないがそれを防げるのなら、それに越したことはない。
人生で何百回目の深呼吸をし、俺はたこ焼き屋から飛び出した。
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