小さな体と大きい背中

 新静岡まで戻り、昼飯を食べる事にした。

 駅ビルのレストランに入る。静岡では有名なハンバーグ屋だ。

 目を輝かせながら、エレナはメニューを眺めている。


「好きなもの選びな」


 イリナも嬉しさを隠しきれてない様子だ。いつもより少しだけ、テンションと声のトーンが高い。

 自分も奮発してステーキにでもしようかと思案していたところ、電話がかかってきた。

 調査係の植田からだ。

 邪魔してはいけないと思い、一旦店を出て離れた物陰に行く。


「もしもし」

『電話出るのおそいわ。切ってやろうかと思たで』

「すいません」


 彼はそんな事をする人間ではないが、ドスの効いた関西弁で言われたら、冗談でも本気と捉えてしまう。


「……で、どうでした? 写真の男達は」

『ああ。……一人は二か月くらい前に、傷害事件起こしてた』

「事件?」

『まぁ、酔っ払い同士の喧嘩やな。なんでも、キャバクラでみっともない酔い方しとって、それ注意したリーマンに逆ギレしたらしい』

「……へぇ」

『なんでも、そのキャバでは上客だったらしい。高い酒、バンバン頼んでたようや』

「羽振りがいいんですね」

『らしいな。結局、リーマンに病院代やらクリーニング代出して示談にしたようやし』

「………………」

『けど、少々不自然なのはな。……この男、自称警備員や。そんな給料高いと思うか?』


 勿論、会社によってピンからキリまであるだろうが、キャバクラで豪遊出来るほどの給料は中々出ないだろう。


「……もう少し、その男の事を探ってくれます?」

『ええで。俺も丁度気になってたんや。……じゃあ、切るで』


 携帯を仕舞い、レストランへ戻ろうとした。が、進行方向に男が二人立ち塞がった。


「……邪魔だ」


 通路を隙間なく塞いでいるので、避けて通るのは不可能だ。

 手で退けとジェスチャーしてみるが反応はなく、能面みたいな表情で俺を見つめている。


「悪いけど、娘と妻が待ってるんでね。退いてくれるかい」


 そう口にした途端、男の一人が喋り出した。


「大人しく回れ右してエスカレーターで下りて、家に帰ってください。暴力はお互いに無しの方がいいでしょう」

「……なにふざけた事言ってんだ?」

「ふざけていませんよ。娘さんは、我々が引き取ると言っているのです」


 俺の中で何かが切れた。


「馬鹿な事言ってると、ぶっとばすぞ若造」

「やってみろよジジイ」


 向こうも気が短いようで、早々に言葉遣いが乱れる。

 男達は背中側に隠していた獲物を抜くが早いか、引き金を引いた。

 俺は姿勢を低くしながら第一撃を躱し、刈り上げるようにして男の右腕を取る。

 獲物はベレッタだ。

 トリガーガードに自分の指を突っ込み、もう一人の男に銃口を向ける。

 後は何も考えずに滅多打ちにする。

 狭い通路だ。外れる訳が無い。

 弾倉の半分程を消費して殺し、今度は拳銃を奪い取り生きてる方を台尻でぶん殴った。

 男の額が割れ、血が飛び散る。

 それでも構わず、殴り続ける。ここで容赦したらいけない。

 一張羅が血で汚れようが構わずに殴った。

 遂に男は変な声で呻き、痙攣するだけで動かなくなった。

 血と髪の毛が着いた拳銃を放る。

 心臓が激しく脈打ち、耳が遠くなった。血中をアドレナリンが巡っている証拠だ。

 離れた場所でガラスが割れた音がする。

 その次に悲鳴が聞こえたかと思えば、連続で銃声がした。

 綺麗な方のベレッタと予備弾倉を引っ掴み、駆け出す。

 レストランでは予想通り、イリナは見知らぬ男と戦闘状態にあった。

 男は震える左手でステアーTMPを構え、右手で潰れた片目を押さえている。

 片やイリナは、三つ又が血で染まったフォークを構えていた。

 

「ぶっ殺してやる! このクソアマ!」


 男が叫ぶが、イリナは顔色一つ変えずに肩に凶器を突き立てる。更に目にも止まらぬ速さで、ナイフを胸に刺す。

 痛々しい悲鳴が、男の口から飛び出る。

 しかしそれも、長くは続かない。ナイフを深く刺したからだ。

 血を吐き、男は絶命する。


「……まだ、腕は錆びてないようね」


 銃を奪いながら、イリナが呟いた。

 お互いに血まみれで銃を握っていると、なんだか昔に戻ったようだ。

 けれど、今の俺達には。


「……おじさん、お姉ちゃん」


 エレナがいる。

 彼女は涙目になり、イリナの服の裾を握り締めていた。

 自分の顔を拭ってみると、ベットリと血が付いていた。

 俺はお冷を顔に掛け、出来る限り血液を拭う。

 これで大分、人様が見られる顔になったはずだ。


「……エレナ」


 俺は彼女と初めて話した時の様に、しゃがみ込んで彼女と目を合わせる。


「今から、おじさん達は銃を撃つ。人を殺すかもしれない。……いや、もう殺している」


 ベレッタが手の中で重くなった。


「……けれど、今は何も言わずに、俺とイリナに付いて来てくれ。命を懸けて、お前を守るよ」


 本音。上辺だけの美辞麗句も無い、シンプルな言葉で伝える。

 エレナは俺達が持つ銃と顔の間で視線を彷徨わせ、やがて俺達の手を握った。


「……怖いよ。怖くて堪らないよ」


 彼女は言葉を紡いでいく。


「でも、私は……おじさん達を信じてるから……。約束もしたし、おじさん達は本当は優しいの、私知ってるから」


 泣きそうになるのを必死にこらえ、エレナは自分の思いを吐露する。

 彼女が嘘をつかない……いや、つけないのは良く理解している。


「……ありがとうな」


 エレナの頭を撫でる。この小さな体には酷な程、重いモノを溜めこんでしまった。

 そうしてしまったのは、ひとえに俺達大人のせいだ。

 ならばひと時でも、彼女をしがらみから解放してあげるのが、責任ではないか。

 俺はそう思った。

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