尾行者

 時間は少し遡る。

 東京都。品川駅。

 石田一家のアパートを見張っていた、双眼鏡男含め五人の男達がホームに立っていた。

 それぞれは関係無い風を装っていたが、ときたまお互いを横目で見ている。

 手にはボストンバッグ。心なしか、それを握る手には力が籠っている。

 新幹線がホームに停まり、ホームの人々が乗り込む。

 男達は自由席車に向かうと、ビールを飲んでいたおにぎり男に合流した。


「子供は?」


 双眼鏡男が尋ね、おにぎり男が顎をしゃくって示す。

 彼等から七席程離れた席に、対象は座っていた。

 それを目視した男の一人が、バッグの中からベレッタを出した。


「止めろ」


 双眼鏡男がそれを制す。


「何故だ。ここは逃げ場が無い。今やれば、一網打尽に出来る」

「その通りだが、逃げ場が無いのは俺達も同じだ。子供を連れ、新幹線の中をどう逃げる?」

「………………」

「最近は、警察もISSもピリ付いている。下手に銃を撃てば、自分達の首を絞める事になる。……機を待つんだ」


 そう説得し、男は矛を収めた。

 その間対象者達は、車内販売でアイスを買っていた。

 呑気なものだと、双眼鏡男は呟く。

 最終的に、対象は静岡駅で降りた。細心の注意を払いながら、尾行を続け着いたのは大きな霊園だった。

 様子を見るに、男の近親者の墓参りなのだろう。


「今ここでやるか?」

「ここは墓場だ。……流石に罰が当たる」

「構いやしねぇよ。ここなら、逃げ場は山ほどある。……アンタは、さっき言ったのを忘れたんじゃあるめぇ」

「……ここは開けすぎているし、人気が少ない。近づいているのを悟られたら、終わる」


 双眼鏡男は、勇み足を踏む相方を諌める。

 この集団をまとめているのは、彼だ。

 墓参りを終えた三人組が、霊園を後にするのを見て尾行を再開する。

 相方が一歩踏み出した瞬間、女の方が振り向き隠れていた、墓やら木やらに目を向けた。

 慌てて、身を陰に戻す。

 女はしばらく訝しんでいたが、去っていった。


「……危ない所だったな」


 双眼鏡男はそれだけ言い、状況を見計らいはじめた。



 私鉄ではなくJRで帰ることにした。

 時間は昼飯時。新幹線で弁当もありだが、たまには外食も悪くない。

 駅の近くに大きい商業施設が出来ていたので、そこで飯を食うことにした。


「私、ハンバーガー食べたい」


 エレナがわくわくしながら語る。


「……せっかく外食するから、もう少し高いヤツ食べてもいいんだぞ」

「ハンバーガーが食べたいの」


 そんな話をしている中、イリナは正反対の顔をしていた。背後を一々気にするような素振りをし、目をギラつかせている。


「……どうしたんだ?」

「尾けられてるかも」

「あ?」


 発せられた言葉が、一瞬だけ異国の言葉に思えた。

 けれどすぐに脳のスイッチが入り、今置かれているのが異常だと察した。


「……誰に」

「知らないわよ。……ただ、そんな気がするの」


 声色は本気だ。携帯を使って、後ろを覗うが誰も居ない。

 もっとも、いてもらっては困るのだが。


「……気のせいじゃないか?」

「……そうかな?」


 苦笑して視線を下ろすが、彼女はまだ釈然としていないようだった。

 俺も、自分を誤魔化しきれてない。

 歩きがてら、思案してみる。

 尾行される心当たりと言えば、ただ一つしかない。

 エレナの存在だ。

 テメェの商売を滅茶苦茶にしたお礼参りか。

 エレナ商品を奪い返しに来たか。

 仮にそうだとすれば、そうすればいい。

 東京の矢上に連絡しても静岡まで来てくれる訳がないし、警察に連絡したところでけんもほろろに相手されるだけだ。

 武器と呼べるものは持ってない。精々、線香用に買った百円ライターくらいか。

 ……戦うのは無謀すぎる。

 俺とイリナだけならいいが、今はエレナがいる。

 彼女を守りながら戦うのは難しい。

 ならば。

 目の前には私鉄の踏切。俺達が降りた駅だ。

 電車がやって来るようで、けたたましい警笛が鳴っている。


「……エレナ」

「どうしたの?」

「抱っこするぞ」

「え?」


 唐突な提案に、エレナは驚いている。


「イリナ」

「……何?」

「走るぞ」

「……よし来た」


 彼女はニヤリと笑い、太ももを叩き始めた。

 俺はエレナをお姫様抱っこをし、踏切を乗り越えた。イリナもそれに続き、踏切を飛び越える。

 ホームにいた駅員が驚愕し、口を大きく開けた。

 券売機に五百円玉を突っ込み、切符を買う。

 丁度その時、電車がホームに入ってきた。

 イリナとエレナに座席へ座るよう促し、怒鳴り声で注意する駅員の声を右から左へ流しながら、俺は携帯のカメラを起動させる。

 先程までいた場所には、息を切らした男が

 そのマヌケ面をレンズに収めると、電車が発進しだした。


「……いたよ」


 呆れた様な、背筋が凍るような感覚が胸を締め付ける。

 念の為に写真を調査係へ送り付け、照会を依頼した。

 ただの一般人ならいいが、本物の尾行者ならどうか。

 東京からわざわざ俺達を追いかけてきた辺り、相手の本気度が透ける。

 そこまで執着する理由は何か。

 俺とイリナに対する恨みか、なにがなんでもエレナを得ようとする変態的な感情か。

 どちらにしても、恐ろしい事だ。

 無邪気に笑うエレナが連れ去られたとしたら……。

 

「どうしたの? おじさん」

「……なんでもないよ」


 声が震えないよう、一字一句刻むように言った。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る