墓参り

 あるボロアパートの近くに、ハイエースが停まっていた。

 何も知らない人から見れば、何処かの土建屋が路駐してるだけだが、そのハイエースは盗難車でナンバーも偽造だ。

 それに、本来ならトランクにぎっしり詰まっている工具類は無く、三脚で立てられた双眼鏡と食料品や飲料のゴミが散らばている。

 

「動きは?」

「未だ無し」


 助手席でコンビニおにぎりを食べてている男が、双眼鏡を覗いている男に訊ね、帰ってきたのはそっけない返事。

 おにぎり男は溜息を付きいて梅干しを飲み込み、双眼鏡男は傍に置いてあったLARK煙草を咥えた。

 だが、双眼鏡男は煙草に火を付けなかった。

 正確には、付けられなかった。

 監視しているアパートの一室から、捕獲対象が出てきたのだ。


「おい」


 助手席に鋭く呼びかけながらも、彼は捕獲対象と排除対象に目を向ける事に集中する。

 ここ二・三日は女の方の排除対象と一緒に散歩する事はあったが、今日の外出は少し雰囲気は違う。

 身なりが少し整っている。

 どうやら、かしこまった外出をするようだ。


「散歩じゃないな。……俺が尾行する。念の為、銃の準備しておけ」


 おにぎり男がそう言い、自分の懐にベレッタ92Fを突っ込むと三人の後を追った。

 彼は仕事を受けてから数日、何度か攫うタイミングを見計らっていたが、ことごとく逃してきた。

 捕獲対象に付いている奴が只者じゃないのだ。

 おにぎり男は見立てとして、排除対象の男も女もかなりの手練れだと考えている。

 だが、元軍人ではない。更に言えば、警察官でもない。

 軍人の様に姿勢は整っていないし、警察官特有の鼻につく感じもしないからだ。

 けれど、男の方はISSに出入りしているし、女の方は狙える隙が少ない。

 それが彼等の腕を表している様に思える。

 チャンスがあったとしても、それをモノに出来るかどうかは五分五分。

 なんとか隙を突かなければ。

 男がそう考えていると、いつの間にか最寄りの駅に着いていた。

 三人は切符を買い、電車に乗り込んだ。

 東京駅行きの電車に、男も乗り込む。そして、相方の方にメッセージを送信する。


『連中は東京駅へ向かっている。急げ』


 電車は順調に都心方向へ走っている。



 エレナを引き取ってから、ここまでの遠出は初めてだ。

 彼女にとっても、自分の足でここまで行くのは初めてだろう。

 

『次は~東京~東京~』


 電車から吐き出される乗客に混ざり、ホームに降り立つ。

 ホームの大きさは地元の駅と差異が無いが、人口密度が明らかに高い。


「人が多い……」


 イリナが不満を口にする。


「こればっかりは我慢しろ」


 個人的には、この人の多さのせいでエレナとはぐれる方が心配だ。


「手を放しちゃ駄目だぞ」


 エレナは帽子を押さえながら、何度も頷いた。

 新幹線のチケットを買い、ひかりに乗った。土曜の昼間だが、自由席は空いており三人掛けのシートを占領した。

 俺が通路側、エレナを窓側にして、真ん中にイリナを収める。


「トイレは大丈夫?」

「大丈夫」

「……新幹線のトイレは、結構癖があるからな。付いて行ってやってくれ」


 男親には出来ないフォローを任せ、エレナとじゃれる。

 そのうちに新幹線が発車し、一路西に向かってばく進する。

 車内販売でアイスを買って食べたり、流れて消えていく景色を三人で眺めたりしていると、あっという間に静岡に着いた。

 東京駅とは違い、俺達含めた数人がパラパラと降りただけだ。

 ホームの壁は褐色のプラスチックで、そこから見える景色は昔とは違っていた。


「……帰ってきたんだな」


 三十年という時間の流れは残酷だった。

 静岡駅から私鉄に乗り換える。駅周辺は大きく様変わりしていて、朧げに面影が残っているだけだ。

 かつて新静岡センターという駅ビルがあった場所には、別の新しい駅ビルがあって、私鉄の駅もそれに伴って変化していた。


「……寂しい?」


 電車を待つまでの間、イリナがそう聞いてきた。


「溜めてきたツケを、ここに来て一気に支払った気分だ。……ここは、俺が思い焦がれていた故郷ではなく、もう別の町になっちまってたんだよ」


 その時、ホームに電車が到着するとのアナウンスが入る。

 やって来た電車のデザインが変わっていたのも、過ぎ去った時間を痛感させられた。

 三十年も経って変わらない町は無い。

 至極当たり前の事なのに、どうしてこうも切ないのだろう。

 二人がいなかったら、泣いていたかもしれない。

 霊園の最寄り駅から徒歩で向かう。近くのコンビニや花屋で買い物をしながら向かう。

 そして辿り着いたのは、住宅地の中に広がる広大な墓所。

 脳内の霞がかった記憶では、墓を見つけられないのではないかと不安になったが、杞憂だった。


『石田家之墓』


 墓に刻まれた名前も、命日も両親と一致する。

 ここまで合致していて、赤の他人という事は無いだろう。

 同時に気になったのは、墓が綺麗な点だ。

 枯れているが、花まで供えられている。

 もしかしたら、叔父夫婦はまだ生きているのかもしれない。

 期待と底知れぬ不安を抱きながらも、俺は墓前に立った。


「……ただいま。父さん、母さん」


 三十年ぶりの墓参りは、感慨深いものだ。

 

「紹介するよ。嫁のイリナと、娘のエレナ。……父さん達からすれば、エレナは初孫になるな」


 二人が生きていれば、八十前半。息子が連れてきた子供を目にして、どう思うのか。

 聞いてみたいが、それは叶わぬ願いだ。

 枯れていた花と買ってきた花を入れ替え、線香をあげる。

 そして、三人揃って合掌した。

 積もる話は山ほどあるが、死人は喋れない。

 後ろ髪引かれるけれど、いつまでも墓前に佇む訳にはいかない。

 もう俺は、両親の庇護を受ける子供ではなく、子供を守る親なのだから。


「……じゃあな」


 別れの言葉を口にし、霊園を後にした。

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