手掛かり
ニューヨーク。ISS本部調査係オフィス。
「PMC?」
後輩からの報告を受け、キーボードを叩く手を止めた。
「と言っても、許可を得ていない違法な組織ですけど」
先日。
リンカーンに囚われていた女児が、何者かに連れ去られかける事案が発生した。
ロス支部の局員の活躍によって事なきを得たが、問題はここからだ。
逮捕した男女の証言によって、彼等が違法PMCの所属だと発覚。
しかも、こちらにいるデビットがその会社の所属であることもほのめかしたのだ。
「こればかりは、本人を問い詰めてみないと分からないけれど、ほぼ確定と言ってもいいわね」
「ですね。一応、社屋はシアトルに在るらしいんで、支部にガサ入れした時、社員名簿見せてもらえばいいですし」
けれど、誰もこの仕事に対価を払った人物の事を、喋ろうとしないらしい。
何故か。
義理堅さもここに極まれるが、それだけじゃないだろう。
ここまで頑なに喋ろうとしないのは、何か引っかかる。
後輩もそれは気になっていたようで。
「その名前を口にしたら、死ぬとかですかね?」
そんな冗談まで口にする。
「ヴォルデモートじゃあるまいし……」
呆れながらもそう返し、再び手を動かすが今度はトマスに声を掛けられた。
「何?」
「大変です! デビットを釈放しろって弁護士が言ってきました!」
「……あ?」
奴に弁護士が付いていたなんて、聞いていない。
奴は他にも留置されている金持ちと違い、弁護士を雇う金銭的余裕は無いはずだ。
身辺調査した際に確認した、底に付きかけた預金がそれを裏付けている。
というか、本部来てからずっと無口だったのに弁護士を呼ぶ事は出来なかったはずだ。
……それなのに、何故。
いや、考えるまでも無い。
雇い主だ。
おそらくは、使いの者にこうして捕まった時の事も織り込んでいたのだろう。
大金を渡して仕事を頼み、「万が一捕まっても、黙っていれば弁護士が出してくれる」と吹き込んだに違いない。
随分と小賢しいマネをしてくれる。
「その弁護士には、丁重にお帰り頂くわ。……お土産を持ってもらってね」
だったらこっちも小賢しい事をしても、罰は当たらない。
敵の戦力を見誤った奴が、全面的に悪いのだ。
私は机の引き出しを開けて、大豆程のサイズの集音マイクを取り出した。
調査係お手製の秘密道具。お土産はこれだ。
トマスと後輩にそれを渡し、自分は受信機の準備をする。
スイッチを入れ、周波数を合わせると垂れ流しのノイズが途切れ、中年くらいの男の声が聞こえてきた。
かなり不機嫌なのが、声だけでも伝わってくる。
『だから、何度も言うが! 君たちが行っているのは、基本的人権の侵害だ! ISSを訴えてもいいんだぞ!』
『女児達の人権を侵害していた奴に、そんな人権を主張する権利があるとお思いで?』
後輩が容赦ない言葉を投げかける。
『ふざけるなよ! 人権は全人類に平等に与えられる物だ。ISSだろうがなんだろうが、侵害していい物じゃないんだ!』
『金さえあれば女の子の人権を侵害して、卑猥な事を強いていいと。貴方が言っている事は矛盾している。弁護士の癖に自分の言った事が理解できていないのなら、弁護士なんて辞めちまえ!』
トマスも歯に衣着せぬ物言いだ。
暴言罵言でのやり取りを十分近く続けていると、流石の弁護士もこれ以上の進展を望めないと思ったのだろう。
「覚えてろよ!」という捨て台詞を残して、帰ってしまった。
……だが。
『まったく……なんなんだ……』
声はハッキリと聞き取れる。
マイクの取り付けは成功のようだ。聞いてるうちに、雑踏の音が混ざり始める。
用意しておいたICレコーダーで録音を開始する。
後輩達も戻って来てので、揃って耳を澄ます。
馬鹿弁護士はイエローキャブを拾い、事務所に戻ったようだ。
時折、後輩達への悪口を吐いたが、私は聞き流し言及された二人は青筋を浮かべ、録音の邪魔にならないよう静かに中指を立てた。
その時、ピポパという間の抜けた音が聞こえてきた。
「……電話?」
口から呟きが漏れる。
『あ。……私です。――――ええ。ISSの奴等、強情でして。――――――――ええ。はいはい。そうです』
思わず息を飲む。弁護士の反応からして、電話の相手は雇い主。もしくは、それに近い人物。
「シルヴィアさん……」
「静かに!」
小さくそして鋭くトマスを制し、スピーカーに耳を近づける。
『はい。――――LAの方も、交渉はしていますが……先程も言った通り、ISSが強情で……。ええ、はい――――。え? 日本? 流石に、日本に弁護士の友人はいませんねぇ……』
日本。その単語が、やけに不穏な空気を纏っている気がした。
『まぁ、ツテはあるので……探してはみますが。――――はい、はい。分かりました。では、これで』
受話器を下ろす音がして通話が終わる。
ICレコーダーの録音を終え、受信機の電源も切った。敵に関する重要な情報を手に入れたからだ。
流暢に馬鹿の無駄話を聞いてる暇が無くなった。
電話機のボタンを押す際に鳴る音。それは、相手に電話を通じさせる為の電子音だ。
最近の電話機は、デジタル化でその音を出す必要が無くなったが、弁護士の事務所の電話機が出すタイプだったのが幸いだった。
ボタンの音は、番号ごとに違う。
つまり、音を解析すれば番号が分かるのだ。
「やってやろうじゃない」
レコーダーを握り締め、私は獰猛な笑みを浮かべた。
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