責任の重さ

 ISS上層部の許可。本人の同意。

 その二つを得た、俺とイリナ。

 本音を言えば大手を挙げて喜びたいが、そうは問屋が卸さない。

 俺達を待っていたのは、大量の事務作業だった。

 俺とエレナは、血の繋がりが無い。

 それは当たり前の事だが、それだと勝手に保護者つまりはと自称できない。

 俺がエレナの親を名乗るには、エレナを自分の子供――養子にしなければならない。

 養子にするには、養子縁組の手続きを踏む。

 けれど、俺達が組むのは普通の養子縁組ではなく特別養子縁組だ。

 この場合、エレナの実親との縁を切り、俺(石田家)の籍に入る。

 実親との間柄は消えてなくなり相続権も無くなるが、代わりにエレナは俺の子供になり、石田家の財産に関する相続権を得るのだ。

 その手続きをすべて終えれば名実ともに、エレナが自分の子供になる。

 だが、その手続きが死ぬほど大変だ。

 まずは、俺とイリナの関係から片を付けなければならなかった。

 子供を育てるには、アメリカよりかは日本の方が良い。

 治安もいいし、環境も揃っている。

 だから、日本の法律に則って特別養子縁組の手続きをするのだが……その為には、まず俺とイリナが結婚しなければならない。

 養親は結婚していないと認められないのだ。

 なので、俺とイリナは国際結婚をした。

 その手続きは矢上や米ISSも手伝いもあり、すんなり終わった。

 齢四十八にして、一回りも年下の妻が出来た。字面は破壊力があるけれど、中身はロマンチックではない。

 一人の男と女が、一人の少女の為に必死になっているだけだ。

 夫婦初めての共同作業が、養子縁組。

 この日本に、一体全体何組のカップルが経験しているのかが知りたくなる。

 様々な条件がある中で、何個か条件に当てはまらないものもあったが、家庭裁判所もISSの関係者につっかかるのはヤバいとでも考えたのか、何も言ってこなかった。

 夏も終わり、残暑の気配も消えかかってきた九月の中旬。

 六ヶ月間の試験養育期間に入った。

 この期間で、子供をしっかり養育できるか確認しとけ。という期間なのだが、それと同時に実親のタイムリミットでもある。

 これが過ぎたら、晴れてエレナは石田エレナになる。

 けれど、実親がこの期間に異議申し立てすれば、それも露と消える。

 「本当に、テメェが腹痛めて産んだ子供が、赤の他人になるけどいいのか?」

 そう実親に問いかけられる期間なのだ。

 でも、エレナの実親に限ってそんな事は無かった。

 実の子供を人売りに売っ払った親だ。そんな事はしない。

 現地のISS局員が聞いても、厄介払いが出来て清清したとの旨が返ってきたらしい。

 それを聞いた時は、はらわたが煮えくり返った。

 目の前に現れたら、ぶっ殺していたに違いない。

 しかし、それは俺達にとって皮肉な事だが幸運だった。

 実親に横槍を入れられる事が無いのが、確定したからだ。

 面倒な書類作成も一段落し、少し落ち着いた夜。

 三人で暮らすには、俺が借りたアパートもかなり手狭だった。

 三人分の布団を敷けば、家具すら置けない広さ。

 仕方なく、俺の布団でイリナと一緒に寝ている。サボ子も台所に置いている。定位置だったカラーボックスは、片付けざる負えなかったからだ。

 良い方向に変わり果てた部屋を見回しながら、エレナのおなかを優しく、ポンポンと叩く。

 こうすると、彼女の寝入りがいい。

 そんな時だった。


「……起きてる?」


 イリナから声を掛けられたのは。


「ああ」

「エレナちゃん、寝た?」

「うん。ぐっすり寝てる」

「じゃあ、少し付き合ってよ」

「……何に?」


 喉から怪訝な声色を出すと、イリナは起き上がり冷蔵庫にあった缶酎ハイを、俺の方に一本投げた。


「寝酒」


 そう言い、プルタブを開ける。

 窓から入る月明りに照らされる缶を手にし、俺もプルタブを開ける。


「……久し振りに、飲むな」


 一口飲み、アルコールが流れ落ちる感覚を味わっていると、イリナが俺の隣に座った。


「なんか、夫婦らしいね」


 彼女が意識してかは分からないが、そんな事を口にした。


「……そうだな」


 数年前の自分からは、想像できない生活ぶりだ。

 事実は小説よりも奇なり。

 なんて言葉があるが、まさにその通り。


「本当に、夫婦らしいな」


 らしいではなく、本当に夫婦なのだが未だに実感が無い。

 そんなフワフワした間柄の奴が隣にいる事と、久し振りに摂取したアルコールのせいで脳の動きが鈍くなり、色んな事が浮かんでは消えていく。

 しかし、ある一つの事だけが消えていかない。


「……なぁ」


 それを脳が消したいが為に、口にすることで消そうとしているのか、自然と口が開き舌が回り始めた。


「……結婚ってさ、本当は書類一枚で済むって知ってたか?」

「らしいね。私達の場合は、コクサイケッコンだったから、沢山書類にサインしたけど」

「そうだ。……それと同時に、離婚も書類一枚まで済むんだ」

「……へぇ」

「そう。所詮、血の繋がりも無い人間同士が、一緒に生活するにはたったそれだけで事足りるんだ。……けれど、子供。エレナは違った」

「大人同士がたった一枚の紙きれで、くっついたり別れたりするのに、子供をくっつけるにはビックリするくらいの書類を書かなければならない。おまけに、その縁は切れない」

「……何が言いたいの?」


 イリナの声に少し怒気が混じっている。俺が無責任な事を言うかもしれないと思ったからか。


「……簡単さ。子供を育てるのは、それだけ責任重大だって事を言いたい」


 大人は紙一枚でどうとでもなるが、子供はそうはいかない。

 放って勝手に育つ訳じゃないからだ。

 あの紙を書くことは、自身への挑戦に近い。

 責任とれるのか? 一人の大人として。

 そう投げかけてくるのと同義だと、俺は思っている。

 そして、あの紙を書いた以上、一人の大人として……エレナの親として、恥ずかしくない事をすべきだ。

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