足を使う

 スーツの男の身元が割れた。

 ここ数年の不名誉除隊者を、陸軍のデータベースから探れば一発だった。


「デビット・ニール。二十八歳。元三等軍曹で、第101空挺師団に所属していたようです」


 後輩の報告を聞きながら、コーヒーを啜る。


「アフガンに派遣されてた様ですが、三年前に上官に対し暴力を振るったとして、不名誉除隊されています」

「……なるほど」


 不名誉除隊というのは、軍隊内で何か重大な事をやらかした時に下される処分であり、それは下手な犯罪より重い処分になる。

 退職金や軍人恩給が支払わなかったり、履歴書には『不名誉除隊』と書かなければならない。

 マトモな生活は難しいだろう。

 さしずめ、食うに困った不良退役軍人が、大金に目を眩ませて危ない仕事をやったと考えるのが自然だろう。

 しかし。


「どこで、こんな仕事を?」

「ネットとかは違いますよね」

タタキ強盗の仲間集めじゃあるまいし……」


 いくらトカゲのしっぽと言えど、こんな危険性の高い仕事を、そこら辺のゴロツキに任せるだろうか。

 裏切られて、自分の事を話されたら元も子もない。

 その為に金を払うのだろうが、それにも限度がある。

 という信頼が無ければ、こんな仕事を頼むはずがない。


「……知人の紹介とか?」

「今のところ、それしか浮かばないわね。じゃあ、その線を少し洗ってみましょう」


 陸軍からデビットと同じ部隊にいた兵隊の名簿を取り寄せ、片っ端から電話を掛ける。

 一見すると途方もない作業に思えるが、案外そうでもない。

 ただの兵隊ならまだしも、不名誉除隊した同じ部隊の人間をそうそう忘れるものじゃないし、その周辺の人物も覚えられている。

 五人に電話を掛けた時点で、かなり絞れてきた。

 同期や同じ部隊の奴からはほとんど縁を切られていたが、先に除隊した似たような奴とつるんでいたらしい。

 類は友を呼ぶ。よく言ったものだ。

 地元の知人友人の線も捨てきれないが、ひとまずはそこを当たるべきだろう。


「昼飯がてら、近場にいる奴を当たりましょう」


 そう後輩に言い、駐車場に向かった。


 

 私が運転するカムリはハドソン川を渡り、イーストオレンジ方面へ進む。

 後輩のナビゲートに従いつつ、ハンドルを切るとある一軒家の前に着いた。

 縦に長い、オレンジ色の外壁の家。

 その前には、古いフォードのピックアップトラックが停められている。

 家主はご在宅の様子だ。


「……いるみたいですね」

「お喋りな奴だと、嬉しいんだけど」


 腰のホルスターからワルサーP99を抜き、スライドを引く。

 確かな手ごたえは、薬室に弾が込められた事を示している。荒事は避けたいが、向こうが撃つならこっちも撃つしかない。

 車を降り、ドアをノックし名前を呼ぶ。

 ドタドタと音がした後、目の下に酷いクマがある男が顔だけ出して、私達をジロリと睨んだ。


「何? アンタら」


 開いた扉の隙間から、すえた臭いが漂ってくる。


「ISS。少しお話――」

 

 身分証を突き付け、後輩が扉に手を掛けた瞬間。男は顔を真っ青にさせ、脱兎の如く逃げ出した。


「あっ!」


 後輩の動きが止まる。

 だが声を出すよりも早く、私の身体は動いていた。

 扉を蹴り開け、男の背中を追う。


「止まれ!」


 拳銃を構え叫ぶが、男はそれを無視してリボルバーを撃ってきた。

 私が物陰に隠れると、男は窓から脱出する。

 やられた。

 そう思い、歯噛みしたが外に出てみると後輩に組み付かれていた。

 どうやら後輩は先回りしていたらしい。

 咄嗟に動けなかった分、こういったところでリカバリーするのはさすがだ。

 傍に転がっていたS&W M649を拾い、弾を抜く。


「ナイスよ」

「どうも。……おい! 何で逃げた!」

「……ファック」

「いいお返事だ。花丸の代わりに、拳を一発やろう」


 まだ暴れる男の顔面を後輩が殴った。

 しかし、上手く頬で受けたようでダメージは少なそうだ。

 元空挺なだけあり、丈夫だ。

 でも、女に殴られた事がショックだったのか、少し大人しくなっている。


「さて、詳しく聞きましょうか」


 男を引きづる様にして、彼の自宅に戻ると逃げ出した理由が分かった。

 ダイニングテーブルの上に、白い粉が線になっていた。

 床には吸引用のストローまで落ちており、言い逃れは出来ない。


「……何? これは」

「……脱法ドラッグです」


 コカインにも覚せい剤にもならない、不純物だらけの安ドラッグだ。

 売る方も売る方だが、買う方も買う方である。

 後輩と共に呆れ返りながらも、応援のパトカーが来る前にデビットの事を聞く事にした。


「この男を知ってるでしょ」


 そう言い、デビットの写真を見せる。軍隊時代の写真だ。


「……ああ」

「今、何処で何をしてるか知ってる?」


 凄味を効かせながら、男を問い詰める。


「……知らねぇよ」


 ぶっきらぼうに吐き捨てる男。


「嘘つけ。コイツが軍辞めた後も、付き合いがあったって証言があったんだ」

「嘘じゃねぇ! ここ二年は会ってねぇ!」


 何度か聞いても、回答は変わらない。

 勘の域は出ないが、嘘を言っているようにも思えなかった。


「じゃあ、二年前。最後に会った時は、どんな感じだった?」

「……確か、俺が紹介したガソリンスタンドの仕事を、アイツが辞めた時だった。顔に泥塗られて、腹が立ったから『テメェとは二度と会わねぇ』って言った」

「で?」

「そしたら、アイツ『チンケな仕事より、もっと金になる仕事を見つけたから、助けなんていらねぇ』って言ったんだ」

「………………」


 金になる仕事。

 胡散臭さと同時に、今回の件に関わる重要な事だと理解した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る