取調室

 ニューヨーク州。ISS本部。

 シルヴィア・カイリーは辟易していた。

 FBI時代から、指折り数えて十年近くの期間を犯罪捜査に費やしてきた。

 長い間こんな商売をやっていれば、当たり前だが多くの犯罪者を相手にする。

 しかし、こうもふてぶてしい奴を相手にするのは、中々慣れない。


「何度も言っているだろう。お前達に話すことなどない」


 何処かの大企業の幹部。

 豪華客船『リンカーン』の危ない商売の会場にいた、ペドフィリア趣味の犯罪者だ。

 別に、どんな性的趣味を持っていようが、本人の自由でありその件に関してシルヴィアは責める気は無い。

 でも、それが犯罪となれば話は別だ。

 地獄の果てまで追い詰められても、自業自得である。

 だがこの男は、人身が置かれた立場が分からないのか、やれやれといった態度を取り、つい五分前には「もう帰りたい」とのたまった。


「……いい加減にしろよ」


 その男と向かい合っている同僚は、青筋を立てており、人を殺せそうなほど眼光が鋭い。


「この期に及んで、だんまりが通用すると思うのか?」

「私の友人には、司法省の幹部もいるんだぞ」

「……脅してるのか」

「どう捉えようが、君の自由だ」


 埒が明かない。そう判断し、私は同僚と取り調べを交代する事にした。


「私が話すわ」

「カイリーさん……」

「まぁ、任せておいて」


 クッション部が湿ったパイプ椅子に座り、目の前に座る男を見据える。


「初めまして。ISS本部調査係第三班所属、シルヴィア・カイリーと申します。……貴方のお名前は」

「答える義務はない。黙秘権を行使する」

「そうですか。では、私が勝手にしゃべらせていただきます」


 はなっから、この男は我々と話す気が無い。

 それは態度から滲み出ている。ならば、素直に話しやすいように、してあげるだけである。

 まずは、ISSの方で調べ上げた個人情報について、ザッと話す。

 氏名。生年月日。住所。勤め先。家族構成。家族に関する情報も、丁寧に話してやる。

 これで「お前の事は知り尽くしている」という事を、印象付ける。

 ここからは、ハッタリを使う。

 筋道立てて話しても、通用はしない人種はいる。自分の事を悪人だと思っていない奴は、特にそうだ。

 ならば、多少方法を違えていても、自分が悪人だと思い知らせる必要がある。


「貴方の奥さんと、娘さんに会いましたよ。お二人共、貴方が海外へ長期出張へ行ってると思ってました」

「………………」

「だから、私は教えてあげましたよ『お前達の旦那と親父はどうしようもない、変態野郎だ』って」

「……!」

「あと、ご両親にも『ご子息はとんでもない親不孝者だ』って言いましたね。……可哀想に、お母様は泣いていましたよ」

「……デタラメだ」


 動揺の色が見え始めた。


「じゃあ、電話でもしてみます? ……でも、もし本当だったら、どうする気です? 頼れる家族は誰一人いない、会社だって、身内だからと言って犯罪者を庇うほど優しい組織じゃないでしょ?」

「……っ」


 所詮、この男が持つモノは肩書と金だけだ。

 その二つが、薄っぺらいプライドを支えている。

 それさえあれば、どうにでもなる。

 なんて事を考えているから、こんな場所に来ても強気でいられるのだ。

 しかし、その二つが消えて無くなれば目の前にいるのは、何の価値も無いただの変態だ。

 私は暗に、その二つは消えてなくなるぞと言っている。

 家族が消えれば金は養育費や慰謝料で消えるし、会社から解雇されれば肩書も無くなる。


「つまり、貴方に逃げ場はもう無いんです」


 メッキが剥がれた自分に残された道は、ただ一つ。

 今からでも猛省して、素直になって、ほんの僅かでも裁判で有利になるような立ち振る舞いをする事ではないか。

 そう誘導していく。

 

「ハッキリ言ってスッキリ刑務所に行くか、何にも言わないまま地獄の底へ行くか。……それは、貴方の自由ですよ」


 そう言い残し、席を立つ。


「……あれでいいんですか?」


 同僚は訝しんでいる。確かに、傍目から見たら何も状況は変わっていない様に思えるが、確実に外堀は埋まっているのだ。

 

「いいの。……そうね、後五分ぐらい睨んであげたら? そしたら、その内ピヨピヨ鳴き出すから」

「……分かりました」


 指示を出して取調室を出ると、ほぼ同じタイミングで隣の取調室から後輩が出てきた。


「どうもです」

「そっちの様子は?」

「いや~。何分、無口な奴で」


 リンカーンの非合法ビジネス会場にいたのは、上流階級のお偉方とそのお偉方に雇われた使い走りの二グループ。

 前者は多少揺さぶれば墜とせるが、後者は失うモノが少ない分墜とすのが面倒だ。

 それに、パシリを墜とさなければ本命に辿り着けないのが、面倒臭さに拍車をかけている。

 どうやら、後輩が面倒見ている奴は、ことさら我慢強いタイプらしい。


「……何か、みたいなのはありそう?」


 身元や雇い主に繋がりそうな事を逃せば、全容解明は遅くなる。

 もしそうなれば、新たな犯罪の芽を逃す事にもなる。

 雑魚一匹に、長い時間は掛けられない。


「……そう言えば」

「何?」

「俺が対応しても、あんまり反応は無かったんですけど……トムスが対応した時は、少しだけ挙動不審になってましたね」


 トムス。後輩の同期で、前職は陸軍犯罪捜査司令部だったはずだ。

 要はMP。軍隊警察。


「元陸軍?」

「かもしれないですね」

「……MPにビビってるのなら、あんまり良くない方法で除隊したのかもね」

「じゃあ、そっちの方面で探してみます」


 後輩がオフィスの方へ走っていく。

 私は取調室の扉にある、覗き窓を見た。

 パイプ椅子には、スーツ姿の男が座っている。

 自身を見る視線に気が付いたのか、私の方に顔を向け、ニヤリと笑った。

 挑発しているのか。


「――だとしたら、受けて立つわ」

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