いつか失うモノ
二日後。グアム島ISSグアム支部。
子供達は病院に搬送され、栄養不足気味だが健康だろうという結果が出た。
そうと分かれば、大人達の動きは早い。
氏名。年齢。住所。自宅又は保護者の電話番号。
それらを聞き込み、警察の失踪者捜索願データベースと照会して、身分を明らかにしていく。
恐ろしい事に、子供の多くが誘拐され各国から集められたいたのだ。
……商品を仕入れるのに、ここまでするか。
呆れると同時に、変態達の業の深さに戦慄する。
よくもまぁ、こんな子供達に金を積めるものだ。
良心や理性、そして想像力があれば、こんな事をしないで済む。
俺と変態は、一生分かりあえる事がないだろうなと、直感した。
長い眠りから覚め、コーヒーを啜りつつオフィスの片隅でぼんやりと、子供達を見た。
どの子も無邪気で、生き生きとしている。
つい最近まで、囚われの身だったというのが、信じられないくらいだ。
その小さな体の一体何処に、そんな力があるのか。
……永遠の課題に違いない。
すると、そんな中で一人でソファーに座る、女の子が目についた。
俯いてジュースの缶を両手で握り、足をプラプラさせている。
他の子供達がお絵描きなり局員とお喋りをしているのに、その子だけ独りぼっちだった。
自らの意思で一人でいるのかもしれないけれど、俺にはどうも不憫に見えてしまった。
ソファーの前でしゃがみ込み、その少女と視線を合わせる。
しかし、視線を合わせたはいいが、なんて声を掛ければいいか悩んだ。
「……おはよう」
散々迷った末に絞り出したその挨拶。
だが、とっくにその有効時間を過ぎている事に気が付いたのは、口にした後だ。
「……こんにちは!」
咳払いをして無理矢理挨拶を変えると、少女はゆっくり顔を向けてくれた。
どうやら、この子は間違った挨拶には反応しないらしい。
……いや、それが当たり前なんだが。
「……助けてくれたおじさん」
「そうそう。……どうだい? 調子は。何処も怪我してない?」
「大丈夫。何処も怪我してない」
少女の対応は妙に素っ気なく、少し冷たく感じる。
「ご飯は食べたかい?」
「うん。……おじさんは? ずっと寝てたけど」
「……そういや食ってねぇな」
グアムに来てから一日目は話通しだったので、ロクに休憩も取れなかった。
その反動か、今日はついさっきまで寝ていた。
ついでに言えば、朝飯も食っていない。
意識しだすと、途端に腹が鳴り始める。
マヌケな腹の音を聞いてか、少女は少しだけ笑った。
「……君、名前は?」
「エレナ」
「いい名前だ。……そうだ、君もハンバーガー喰うかい?」
エレナが頷く。
「よしきた。メシ食った後だしな、普通のハンバーガーでいいな?」
アレくらいなら、食べ盛りの子供にとってはオヤツに等しいだろう。
「それじゃあ、おっちゃんが買ってくるから」
またエレナが頷くのを確認して、立ち上がった。
えこひいきかもしれないが、独りぼっちの子にこんくらいしたって、罰は当たらないはずだ。
オフィスを出た所で、丁度イリナと出会った。
「おはよう寝坊助」
「しばくぞ」
「やってみる?」
「遠慮しとく」
大あくびをして、エレベーターに乗り込むと何故か彼女も付いてきた。
「昼飯買い行くだけだぞ」
「腹ごなしの散歩に行くの」
「好きにしろ」
グアム支部の建物を出ると、燦々と照りつく日が肌を刺す。
俺はサングラスを掛け、視界を妨害する光を防ぐ。
もとから肌は強い方なので、日焼け止めは必要ないだろう。
イリナは強烈な日差しに顔をしかめると、日焼け止めクリームを塗り始めた。
義理は無いが、彼女を待つことにした。
日本や熱帯系のなまったるい水分を含んだ暑さより、こっちの暑さの方が断然いい。
前者はこれまで、嫌というほど味わってきた。
オマケに、病気なんかもある分たちが悪い。
天国なんて大袈裟だが、今ならそれに準じてもいい。
心の中でそう宣言する。
聞いてくれる奴は、誰一人いないが。
「……暑い」
そうボヤきながら、イリナが日陰から出て来た。
俺と同じ様にサングラスを掛けた上、呆れるほど肌にクリームを塗っている。
「そこまでなら、無理に出掛けなくてもいいだろ」
「運動は大事だから。……身体が鈍ったら、その時は死ぬかもしれないし」
言葉のパンチが効いている。
確かに、彼女の戦闘力の大部分はその機動性だ。
銃が戦場で使われるようになってきてから、個々の戦力は均一化されてきた。
十歳の子供が撃つ弾も、百歳の爺が撃つ弾も、弾が一緒なら威力も一緒だ。
戦場が筋骨隆々の漢達だけの居場所ではなく、子供や女の居場所にもなってしまった。
そんな平坦な戦場で生き残るには、何か一つは抜きんでなくてはいけない。
例を挙げるとすれば、狙撃だろう。
ライフルで何百メートル、下手すれば何キロも先の敵を射抜く。
一般的な歩兵が持つアサルトライフルの射程が精々四百メートルだから、その射程外から撃たれる事になる。
端的に言えば、相手の攻撃は当たらないが自分の攻撃は通る訳だ。
そこでもう頭一つ抜けている。
……戦い方は十人十色だ。
けれど、俺は思った。
もし、イリナが銃を置く時が来たら……その時は何をするだろうと。
俺が銃を置き戦う理由を見失ったように、コイツも何を失うのだろうか。
「………………」
「どうしたの?」
「……いや、別に」
今考えても仕方がないと思いつつ、どうしても脳ミソが動いてしまう。
同じ釜の飯を食ってた、仲間だからか。
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