見れない場所の事は分からない
停船命令が出され、子供達のヘリへの移動が開始される。
その様子は、いつしか見た飛行機事故のニュースを彷彿とさせた。
子供を局員が抱きかかえ、スリングで吊り上げる。
一見すると危なそうに見えるが、パイロットも局員もプロフェッショナルだ。
安心感がある。
順番に並び、空に浮かぶ奇妙な機体のヘリを眺めている子供達。
その頭を撫でたり、チョコバーや水をあげる局員達。
それを俺は、目を細めながら見ていた。
手を差し伸べられるべき場所に、手が伸びてきた。
「……よかったな」
誰に向けた言葉でもなく、自然と口から漏れていた。
しかし、対照的にヴァンプは無表情でその様子を眺めている。
「―――いなぁ」
彼女が何か呟いた気がしたが、爆音のローター音に紛れて上手く聞こえない。
「何か言ったか?」
「……別に」
ヴァンプは口角を曲げて無理矢理笑う。
俺は少女に拳銃を渡そうとした件を引きずっているのかと思い、ある昔話をすることにした。
「俺さぁ、昔……コンゴに行ったんだ」
十年以上前。紛争で滅茶苦茶になった、コンゴ共和国南キヴ州。
例の如く、トラックの荷台に乗りAKを抱えながら、荒れ果てた大地を進んでいた。
その際、度々目にしたのは少年兵だった。
体格に見合わないライフルやRPGを担いで、車にも乗らずただ道になりに歩いていた。
時たま目が合うと決まって見せつけてくるのは、コールタールみたいに淀んだ瞳。
更には、戦場に着くと真っ先に突っ込んで来たのは少年兵。
当然そこで撃たなきゃ俺が死ぬので、撃たれる前にその子を撃ち殺した。
別段、そんな事は珍しくない。
少年兵ぐらい、何十年も傭兵稼業をやっていればざらに見る。
そんな事が続いたある日、NPOだかNGOだかの色白い若造が俺がこんな事を言ってきた。
「なんで子供を殺せるんですか」
その質問に俺は即答する。
「撃たなきゃ殺される。だから、撃つ」
空を見上げれば雲があるくらい。
1+1が2であるくらい。
当たり前の事だ。
少年兵だろうが正規軍だろうが関係ない。
銃弾に重いも軽いも無いのだから。
すると、若造は。
「まだ、あの子達は小学生くらいなんですよ!」
と顔を真っ赤にさせて怒鳴った。
命は尊いものだから云々、なんて講釈垂れられて頭に来たから、完膚なきまでにボコボコにしてやった。
でも、その論理が分からない程、俺も馬鹿でもキチガイでもない。
しかし、ここは戦場だ。
死にたくなければ、銃を持たなければいい。
銃を持っているから、撃たれるし、死ぬのだ。
死にたくなければ、銃を捨て遠くまで逃げたほうがいい。……簡単な事である。
戦う理由は人それぞれだが、要はそう言うことだ。
現に俺は銃を捨て、傭兵を辞めた。
「……だから、さ。俺は、あの子等に銃を持たせたくなかったんだよ。下手すれば、撃たれてたかもしれないからさ」
「……そうなの」
「……甘かったかな?」
俺の問いかけに、ヴァンプは一瞬虚を突かれた様な顔をしてから、悲しい色が差す笑みを浮かべた。
「ううん」
首を横に振る。
「アンタの言ってる事、間違ってないもん。……でも」
「でも?」
「持ちたくて、銃を持つ子ばかりじゃないんだよ」
「……その通りだ。お前が言う事も、間違っちゃない」
そんなタイミングで、子供の収容が終わり俺達の番になった。
紆余曲折あったが、ようやくこんなクソみたいな船からオサラバできる。
「……お前も来るか? ヴァンプ」
「勿論。……そうだ」
「何だよ」
「これからは、ヴァンプじゃなくて……イリナって呼んでよ。もう、お互いに傭兵じゃないんだし」
「……それは、本名か?」
「そう。私の名前。……お父さんとお母さんから貰った、大事な名前」
「……そうか。分かったよ。……行こうぜ、イリナ」
「うん」
水平線の向こうから、お天道様の頭が見え始めた頃、ヘリは船を離れグアムの地へと飛び立っていった。
同時刻。サンフランシスコ。
その男は、百キロはあろう巨体をワナワナ震わせて、携帯電話の液晶を見つめている。
使いの者から送られてきたメールには、たった一文。
『ISSが兎を逃がした』
とだけ。
「ISSだと……!」
歯を食いしばり憤怒の表情を浮かべる。
この男にとってこれは、目の前のごちそうを他人に全て食われるのと同義だった。
「ふざけやがって! あのクソ野郎共が!」
癇癪を起して携帯を投げると、バスローブ姿のまま激しい地団太を踏んだ。
あまりにも幼稚な怒りは、この男の傲慢さや甘ったれな本質を表している。
それは、部屋を飾る悪趣味な装飾品や家具も物語っている。
成金趣味でも、もっとセンスがいい。それこそ、テーマもへったくれも無い、共通性なんてアホみたいに高いだけ。
「俺のものだぞ……。俺の者だったんだぞ……。俺の楽しみを邪魔しやがって……」
身勝手な事をブツブツと呟き始めたかと思えば、急に落ち着いて投げた携帯を拾い上げた。
男はアドレス帳からお得意先の番号を呼び出し、電話を掛ける。
「……俺だ。仕事を頼みたい。料金は言い値で良い。ISSが奪っていったものを奪い返してほしい。……金に糸目は着けない! 物? 子供だよ。女の子だよ! 何でもいい、ISSから女のガキ一匹連れてこい!」
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