制圧
俺が扉を開いた瞬間、くもぐった音がして視界の隅に何かが転がってきた。
円柱形のそれは、白い煙を吐き始める。
おそらく、グレネードランチャーかなんかで煙幕弾を発射したのだろう。
「ラジコン用意」
班長の号令の下、調達係お手製のサーモグラフィーカメラ付きのラジコンカーを船内に滑り込ませる。
通常のカメラ映像を見てみるが、もうもうと煙が漂うだけで何も見えない。
「サーモグラフィーへ切り替えます」
その途端、画像のど真ん中に真っ赤な人型が現れた。
手には銃らしきものを抱えており、明らかに待ち構えている形だ。
「突っ込んでたらヤバかったな」
俺は素直な感想を漏らす。
蜂の巣は勘弁願いたい。
「班長、どうします?」
マリアが班長に問う。
「正面突破は無理だ。脇の通路から攻めよう」
「了解」
「戦闘員に関しては、抵抗する者は射殺しろ。投降する者は拘束のみ。以上だ。散開!」
十人ずつに分かれ、左右の通路を進んで行く。ドアごとに二人ずつ別れて船内に入り、俺達は四番目のドアから入った。
そこはカジノだった。
「……カジノには、いい思い出が無いなぁ」
「そうね」
マリアが苦笑する。アレはラスベガスだった。
お互いに死にかけたせいで、今もカジノの事を思うと背筋が寒くなる。
頭を軽く振り、思考を目の前の景色も戻す。
チップやトランプは行儀よく並べられたままで、混乱が無いまま客が退避した事が伺える。
乗務員の教育が良いのか、客の対応力が高いのか。
……この場合はその両方だだろう。
「オークション会場は、ショッピングモールだったよね」
「そうだ」
丁寧にクリアリングしながら、船内を進んで行く。
人の姿形は見えないが、微かに感じる気配や散発的に聞こえる銃声がこの船が
「……人がいない」
「厨房に行けば、温かいスープがあるかもな」
軽口を叩きつつ、船の奥へ歩を進めていった。
――それは制圧と呼ぶには、いささか過剰であったかもしれない。
急に現れた妨害者を始末しようと部隊を動かした結果、多くの犠牲を出した挙句ヘリに乗ってやって来たのはISS強襲係だ。
ただの警察であれば、オークションの客の中に居る警察幹部に頼み込めばよかったかもしれない。
だが、そうはならなかったのだ。
運の尽きと言うべきか。
結局、最後の悪あがきとして銃を取り戦う事を選んだ者は、容赦なく殺され素直に投降した者は、殺されず拘束されるだけで済んだ。
広い船内だが、三十分もしない内に完全に制圧された。
『こちらアメリカISS本部強襲係。この船は、一時的に我々の管理下に置かれました。予定通り、寄港地のグアムまで進みますが……そこで、事件関係者以外は下船してもらいます。保証や返金関係は、この船の運営会社にまでご連絡ください』
メリッサ班長による船内放送。
それを、オークション会場で聞いていた一人の男がいた。
細身で筋肉質。スーツを着ているせいで、石田達には護衛の一人と勘違いされていたが、彼の眼にも危うい光を宿らせていた。
石田が見れば、間違いなく同族かそれに似た経歴を持つ人間だと判断しただろう。
彼は携帯を出し、一通のメールを送る。
『ISSが兎を逃がした』
ただその一文だけ送ると、スライド部を引きちぎり更に靴で踏んづけて破壊した。
彼はある金持ちに雇われた代役だ。
自分の代わりに会場へ行かせ、パクられても切り離せばいいトカゲの尻尾。
リスクに見合った代金は貰っているが、彼は運が無かった。
雇い主に報告だけして、後は野となれ山となれ。
放送を聞き終えから、メールを打つまでに彼はそう考えた。
携帯の破壊から僅か数秒後。
「全員動くな! ISSだ!」
赤沼浩史とマリア・アストールの二人が、SCARを構えながら会場に入ってきた。
「武器を捨てて、一列になって外へ出ろ」
赤沼がそう命令する。
すると、近くにいた中年が彼に詰め寄った。
「貴様! この私に言っているのか!」
「他の人にも命令してますよ。ガタガタ言ってないで、さっさと外出てください」
「何だその言い草は! 訴えてやる! これはISSによる不当な権力行使と人権侵害だ!」
「弁護士でも母親でもなんでも呼べばいい。それは権利ですからね、後で勝手に呼べばいいでしょう」
「この私を誰だと思ってる!」
「幼女を食い物にする変態野郎」
赤沼が即答すると、中年男は男の胸倉を掴んだ。
「なんだと貴様! 私は合衆国司法省の幹部だぞ!」
「幹部だろうが平役人だろうが、テメェがやったのは人身売買だ。国連が決めてる条約に反してるんだ、司法省幹部の癖にそんな事も知れないのか?」
権力を笠に威張り散らす中年男に対し、赤沼はあくまで冷静に返している。
でも、その中に皮肉を入れるあたり彼も感情が高ぶっている。
そんな様子を、マリアは額に冷や汗を浮かべながら見ていた。
「貴様の首なんか、私がその気になれば……」
「なんだ? じゃあ、権力有れば小さな女の子食い物にしてもいいのか? テメェの身勝手で、人様の人生狂わせてもいいのか?」
赤沼の声が、三トーン程低くなった。
地の底から響く悪魔の声と、大した差は無い。更に言うなら、これでも彼は本気で切れていない。
本気で怒っているのなら、今この瞬間にも自称幹部は半殺しにされている。
赤沼から発せられる気迫に、自称幹部は手を離して歯を鳴らし、周囲にいた者も震え上がらせる。
「そこらへんは、後でキッチリ聞いてやる。司法省幹部さんよぉ……」
自身が地雷原でタップダンスしていた事を思い知ったのか、中年男は逃げるように会場から出ていく。
その時、スーツ男と赤沼の目が合う。
「何だ」
「……いや、別に」
スーツ男は、今さっき送ったメールの内容を反芻し、送るんじゃなかったと後悔した。
きっと、あの金持ちはリスクなんか考えず、何が何でも幼女をISSから取り返そうとするはず。
嫌味な印象だけが残る金持ちの目を思い浮かべながら、彼はこれから起こるであろう事象を想像した。
同時に、自分に出来ることは貰った金の分、金持ちの事を黙っておく事だと認識する。
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