任務開始

 部屋に戻って一眠りした後、昼飯を食べに昨日と同じレストランに行った。

 これで、この船で食事を取る事は最後になるだろう。

 悔いが残る程の思い入れは全く無いが、高い飯を食う機会が残りの人生で何回あるのかを考えると、必然的に食べる量は増える。

 ステーキや寿司にふかひれスープなどを胃に詰め込み、デザートにアイスを平らげた。

 膨れた腹をさすっていると、向かい側の椅子にヴァンプが座った。


「……夜の十二時に俺の部屋に来い」


 小声で用件を伝え、その場を後にする。

 彼女に用は聞こえたようで、微かに頷いた。

 ……この船の命運も、あと少しで尽きる。

 変態達の幼き柔肌妄想マスかきも、母親ではなく銃を手にした特殊部隊によって打ち止めだ。


 

 まとめるような荷物も無く、持って来た衣類も押収品なので盗られても惜しくは無い。

 公安の草薙も、廃棄予定の物を持って来たと言っていたし放置してもいいだろう。

 装備を身に着け、時間が来るのを待つ。

 太陽は地平線の向こうへ消え、人工物の明かりが無い海上では月や星がいつもより輝いて見える。

 十二時丁度。部屋の扉がノックされた。

 覗き穴から確認する。

 ヴァンプ一人だけだ。

 念の為、USPを抜き左手に保持する。これなら、扉に隠れて向こうから銃は見えない。


「……来たか」


 ゆっくりと扉を開ける。幸い、彼女以外に人はいなかった。


「時間ピッタリでしょ」

「偉い偉い」


 軽口を適当に返し、拳銃を仕舞う。


「行くぞ。……と言うか、いいのか? 仕事」

「給料は着いた先で貰う事になってる。つまり、お金はまだ貰ってないから、給料分の責任は無い」

「……社会不適合者め」


 俺はそう吐き捨て、二度と開ける事の無い扉を閉めた。

 廊下にあった立ち入り禁止への扉に入る。相変わらず、その無機質な廊下を進んで行く。


「……ここって、船の中だよね」


 ヴァンプの声が少し低い。横目で顔を見ると、心なしか表情が硬くなっていた。


「怖いのか?」

「……ここまで雰囲気が変わるとね」


 流石のイカレも、恐怖の感情はあるようだ。

 恐怖に飲み込まれ、すくんでしまうのは分かる。それが普通の反応だ。

 ……でも、恐ろしいのは恐怖心の欠如。

 怖いものを怖いと思えないのは、人間として戦う者として、大きな痛手となる。

 恐怖は人間がこの世に生を受けてから持つ、天然の警報装置なのだ。

 それがぶっ壊れているのなら、それは即ち死を意味する。

 少なくとも、恐怖が分からない奴に背中を預ける気は毛頭なかったから、ここで知れてよかった。

 人間らしさは弱みになるが、時にそれは救いとなる。

 そうこうしているうちに、昨晩見つけた名無しの扉の前に着く。


「この先だ」

「……鍵は?」

「これから考える。銃で破壊してもいいが、銃声がな」


 銃声もだが、問題は威力と構造だ。

 俺達の装備。拳銃に装填されている九ミリ弾では、この鍵を破壊できるか怪しいし、よしんば壊したとしても鍵が素直に開くとは限らない。

 クラッキングでも出来ればいいのだが、俺達にそんな技術も道具も無い。


「……参ったな」

「素直に、カードキーを調達すればいいんじゃないの?」

「出来るのか?」

「まぁ、見てなって」


 俺が無い頭を絞ってる間に、ヴァンプは何か思いついたようで、おもむろにロッカールームの前に行くと扉をノックした。


「なっ!」


 部屋の中から、男の声がする。だが、彼女は構わず扉をノックし続ける。


「馬鹿! 何やってんだ!」


 見つからない事を祈って、こっちは動いているのに何故それを無駄にするような事をするのか。

 焦りに似た怒りが湧いてくる。

 それは扉の向こうの男も同じ様で、怒りに任せて荒々しく扉を開けた。

 次の瞬間。ヴァンプが動いた。

 ジャブでワンツー。怯んだ隙に、腹にラッシュを叩き込まれた男は、白目を剥いて床に倒れる。

 打撃音は響かない。

 哀れな男の懐からカードキーを盗むと、慣れた手付きで服を脱がし衣類で手足を拘束した。

 

「……ひでぇ」

「考えるより、動く方が早いわ。……それに、壊すよりもこっちの方が合理的よ」


 あっさり言い放つが、彼女の考えにも一理ある。

 ……せめて、ボコボコにされた奴が突入前に目を覚まさない事を祈るしかない。

 戦利品のカードで扉を開ける。

 その先は階段だった。酷く暗い。

 携帯電話を出し、ライトを点けて慎重に階段を下る。

 そして、終点には鉄戸があった。刑務所の懲罰房の扉に似ている。

 鍵は閉まっていない。

 二人で顔を見合わせて、銃を構えた。

 タイミングを合わせ、蹴り開ける。


「動くな」


 低く呻くような声を出す……が、そこに戦闘員はいなかった。

 意識の中に入って来たのは、据えたような臭い。

 ……いや、嗅いだことがある。何日も風呂に入っていないの臭いだ。


「………………」


 俺達は揃って閉口した。

 目の前にあるの中には、十人程の年端もいかない女の子たちがいる。

 ……囚われていると言うべきか。

 皆一様に怯え、その小さな体を震わせながら、潤んだ目で俺達を見ていた。

 俺は拳銃をホルスターに仕舞い、牢屋の前にしゃがみ込んだ。


「……おじさん達は、君達を助けに来た。牢屋から出してあげよう」


 俺がそう言うと、女の子達の中で一番年上でだろう子がおずおずと発言する。


「……おじさんは、警察の人?」

「俺は警察じゃないよ。俺はISSの人間だ」

「アイ・エス・エス?」


 こんな子達に、行政の組織は分からないようだ。


「とにかく、助けに来たんだ。開けるよ」


 俺がそばにあった鍵かけから、鍵を取ったのと。


「オイ! ガキ共、時間だ!」


 FN社のPDW、P90を提げた男が奥の扉から出てきたのは、ほぼ同時だった。

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