望まぬ再開

 沈む夕日を眺めながら、俺は定時連絡を入れた。


「こちら、タンゴ七。一回目の定時連絡です」


 電話の向こうは、アメリカ本部の強襲係らしいので英語で話す。

 しかし。


『聞こえてます。こちらアルファ一。……これから、定時連絡は日本語でいいですよ』


 日本語で返されて、拍子抜けした。それに、その声には外国人らしさが無い。


「……日本人か?」

『はい。……まぁ、本名は言えませんが。千葉出身です』

「俺は足立の出だ。……よろしく頼むぜ。アルファさん」

『こちらこそ、タンゴさん。……通信終わり』


 電話を切ると、急に腹が鳴った。

 歩き疲れて、体がカロリーを求めているのだろう。

 三食の飯代は、アホみたいに高い料金に入っている。遠慮なしに食おうと心に誓い、立ち上がる。

 何を食おうか。

 いた環境が環境なので、食う事に関しては人一倍貪欲だ。

 レストランの前で散々悩んだ末、ビュッフェ形式のレストランに入ることにした。

 これなら、和洋中関係なく腹に収められる。

 皿を取り、まずはローストビーフを取りに行く。

 食い意地は張ってても下品にならない枚数を取り、他の料理を物色する。

 炭水化物か、今度は魚か。

 パエリヤとカルパッチョの間を彷徨っていると、ふと肩を叩かれた。

 あまりの挙動不審さに、誰かが文句を言いに来たのか。

 そんな事を思っていたが、次に聞こえた言葉に意識は集中された。


「バルベルデ以来ね」


 皿を落としそうになる。

 振り返ると、そこにいたのは。


「ヴァンプ……」


 風貌は変わっていたが、妖艶な笑みは変わっていない。

 彼女は長くなった髪を結び、パンツスーツを着ている。


 結局俺はカルパッチョを選んだ。入口に近い席に座る。……ヴァンプがそこを選んだからだ。

 一年ぶりの再会を喜ぶことは出来ない。

 高い肉を噛み締める。いつもだったら周囲の人間が引くほど舞い上がるが、今はしかめっ面だ。

 高い肉がもったいないとは思いつつも、表情筋は動かない。


「……どうしてお前がここに居るんだ。傭兵稼業はどうしたんだ」

「辞めたわ。半年前に」


 あっさり言って、彼女は生春巻きを口に入れる。だが、こっちは開いた口が塞がらない。

 血を浴びて恍惚の表情をしていたこの女が、転職とも言える傭兵を辞めるとは。


「今はVIPの警護をしてるの。ここに居るのは、その一環よ。今は休憩中」


 腰のホルスターを軽く叩く。それには、グロック19が仕舞われている。

 

「……警護ねぇ」


 確かに、ヴァンプの腕は良い。それは保証できるが、警護するには過剰な通り名を持っているのを、コイツの雇い主は知っているのだろうか。

 不届き者を退治出来ても、過剰防衛になりはしないか。

 余計なお世話でも、そんな心配をしてしまう。


「私の事より、貴方の事よ。……そっちこそ、なんでこの船に居るの?」


 言われてみれば、彼女からすれば俺がここに居る方が不自然だ。

 向こうには、要人警護という立派な多義名分がある。

 それに対して、俺も事件捜査という名分があるが、それを言う訳にはいかない。


「まぁ、あれだ。“自分へのご褒美”ってやつだ」


 いつだか雑誌で読んだ言葉を適当に言う。


「“自分へのご褒美”ねぇ……」


 彼女の眼が少し細くなった。

 見え見えな嘘かもしれないが、真意がバレなければそれでいい。

 俺はローストビーフとカルパッチョを食べ終え、パエリアを取りに立ち上がった。


「ねぇ、私の仕事が終わったら……一杯どう?」

「酒は止めたんだ」


 振り返らずに、素っ気なく言い返す。

 俺が席に戻ると、彼女はいなくなっていた。

 周囲を見回してみるが、影も形も無い。おおよそ、俺の態度に愛想尽かして帰ってしまったのだろう。


「……変に付きまとわれるよりマシか」


 ちょっとだけ寂しかった。でも、今回は俺の方に原因がある。彼女を責めるわけにはいかない。

 気を取り直し、俺はエビを口に運んだ。


 飯を腹いっぱい食った後は、適当に船内をぶらつきながら部屋に戻った。

 映画を見たり仮眠を取って時間を潰し、午前二時前に目を覚ます。

 シャツの下に防弾チョッキを着て、ショルダーホルスターを装着する。

 その上にジャケットを羽織り、部屋を出る。


「こんばんわ~」

「っ!」


 後ろに立っていたのは、ヴァンプだった。


「……なんで」

「尾けてきたの」


 ……やられた。思わず額に手を当て、天井を仰ぐ。


「貴方から、微かにガンオイルと金属の匂いがしたの。私と同じ理由ならまだしも、安全な船旅に銃はいらないでしょ」


 あんな食い物の匂いが充満してて、人も多かったのによくぞまぁ嗅げたものだ。

 変な方向で感心する。


「……お前の嗅ぎ間違いだろ」


 無駄かもしれないが、しらを切ってみる。


「毎日嗅いでる臭いを間違えられない。……それに」


 俺のジャケットの裾を捲る。当然だが、そこにはホルスターに入ったUSPのグリップがあった。


「やっぱり」


 彼女は勝ち誇ったように笑い、俺は肩をすくめ両手を上げた。


「……貴方の件と言い、この船面白い」

「なんでだ?」

「だって、乗務員の何人かが、明らかに対人戦闘用の訓練を受けてるんだもん。……それも、護身術とか逮捕術じゃなく軍隊レベルのね」


 俺の分析は、どうやら間違っていなかったようだ。でも、大喜びは出来ない。

 彼女の変態性が、ここで光るとは。

 更に言えば、ここまで来て引く女とは思えない。

 諦めたように溜息を付き、俺はアルファ一への弁解を考え始めた。

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