出航
食わせ者達の宴から三日後。
神奈川県。横浜港。
俺はオールバックに整えた髪を撫で、レイバンのサングラス越しに趣味の悪い金時計を睨んだ。
いつものTシャツやジャージズボンとは、天と地ほどの差がある高級スーツを身に纏っているせいで、少し調子が狂う。
顔をしかめたまま、視線を目の前に停泊する豪華客船『リンカーン』に移した。
運営会社があるアメリカの第十六代大統領にあやかっているのだろうが、なんとも皮肉な名前だ。
奴隷解放宣言をぶち上げた男の中で、奴隷オークションをやっているとは。
この名前つけた奴がこの船で行われている事を知ったら、きっと泡吹いて卒倒するだろう。
今日何度目かの溜息を付き、俺はタラップを昇った。
乗務員に石田亮平身分のパスポートではなく、ISSが用意した偽造パスポートを提示する。
更に、金属探知機や手荷物検査もされる。
なので、そのお礼に精一杯の笑顔を見せてやる。
しかし乗務員は俺にパスポートを返すと、俺の何倍も素晴らしい笑顔を見せつけた。
「
「どうも」
部屋の鍵を受け取り、俺はエレベーターに乗った。
扉が閉まりきる前、一人の乗務員が滑り込んでくる。
矢上だ。
でも、顔は見合わせない。
彼は俺が見っているのと、寸分違わぬ茶色のボストンバックを持っている。
俺の足元にバックを置き、俺が持っていたのと交換する。
エレベーターが目的の階に着く。
「……幸運を」
それだけ言い残し、矢上は去って行った。
俺もエレベーターを降り、宿泊する部屋に入る。
ランクは中の上だが、それでも俺のアパートより広い。
太平洋を望めるバルコニーからは、陽射しがたっぷりと入り込んでいる。
それでいて、冷房が心地良い室温を保っている。
安ホテルなんかでありがちな、冷やしすぎや冷房が効かないアクシデントも無い。
ダブルベッドの上にスーツケースを放り、ボストンバックをゆっくりと置いた。
草薙からの贈り物である、押収品のジャケットやダサい腕時計を脱ぎ捨て、サングラスもテレビ台の上へ。
そして、ボストンバックの中身を確認した。
「……さっすが」
口笛を吹き、手入れされたH&K社製USP拳銃を出す。
予備弾倉は予備含め四つ。
百発分の弾倉が仕舞われた紙箱。
防弾ベストに、ホルスターと弾倉入れ。
更に、GPS付き衛星電話。
普通の電話でも使えない事は無いが、万が一の備えだろう。
丁寧に防水加工されているのが、それを証明している。
「使わない事を祈るか」
そうは言っても、備えることは大切だ。
椅子に腰掛け、弾倉に弾を込める。
金属が触れ合う音が、波とウミネコかカモメの泣き声に混じり、どこか非現実的な印象を抱く。
……そう言えば、実戦に戻るのか。俺は。
今更かもしれないが、そんな実感が胸の奥から湧いてくる。
でも、気持ちは少しフワつている。
地に足が付いていないような、そんな奇妙な感覚。
二つ目の弾倉に弾を込め終わった時、天啓が降ってきた。
金や飯の種を得る以外の目的で、戦うのが初めてなのだ。
正義とか愛国心とかで戦う奴は山ほど見てきたが、俺がそんな立場に立つなんて思いもしなかった。
「……人間、分からんもんだな」
そう呟き、俺は三つ目の弾倉と九ミリパラベラムのホローポイント弾を一発摘まんだ。
アメリカISS本部によると、奴隷オークションが行われるのは日本とグアムのど真ん中。
どの国の領域でもなく、如何なる治権も通じない海の上だ。
この船がこれまで停まってきた港で積んできた商品を放出し、母港への帰り道に客が堪能するという寸法らしい。
……そんな裏側を知っていると、すれ違う奴全員が度が過ぎる変態に見えて仕方がない。
必要以上に人相が悪くなっていないか、心配になってくる。
俺はパンフレット片手に、船内を見回っていた。
とっくの前に日本の地を離れ、あと少しで日本の排他的経済水域を出るところだ。
デカいだけあって、揺れはほとんど無く順調な航海だ。
それに豪華客船なだけあり、一つの町が浮かんでいるかのような設備ばかり。
レストランは勿論、カジノやダンスホール。
図書館やプールに露天風呂。
フィットネスジムがある事もたまげたが、個人的に圧倒されたのは五階分の吹き抜けにブランド店が並んでいた事だ。
半分世捨て人だった俺も知ってるブランド店で、いかにもなマダムがバックを買っている。
金は天下の回り物なんて言うが、やっぱりある所には金はあるもんだ。
呆れ半分、変な感動半分に思う。
……そんなこんなで半日ほど船内歩き回り、構造などを把握したし入れる所にも入っておいた。
パンフレットは正確で、
当たり前だが、俺が攻める本丸は何も書かれていない部分にあると見た。
それに、乗務員に関して面白い発見もあった。
だいたい、五人に一人ほどの割合で元軍人が紛れているのだ。
いや、軍人と断定するより、一定以上の訓練受けた事がある奴と言った方が良いのか。
歩き方や立ち振る舞い。
ふとした仕草が、妙に軍人臭い。
傭兵時代にさんざん見てきた正規軍に被る。
上等な客を相手するにはそれ相応の訓練が必要だろうが、ブートキャンプをする旅行会社は無いだろう。
つまりこの船には、沢山の兵隊を配備する程の何かがあるのだ。
人に見られないよう、俺はニヤリと笑った。
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