食わせ者達

 八月の中旬。

 世の中は夏休みシーズンながらも、俺は額に汗かき働いていた。

 暑い部屋に放置しているサボ子の事を思いながら、支給されたUSP拳銃の手入れをする。

 道具の手入れも、訓練の内。

 道具の管理を怠れば、イザって時に道具はへそを曲げる。

 昔見た映画で、新兵がM16の管理をサボっていたせいで戦闘中に弾詰まりを起こし、危うく死ぬところだった……なんてシーンがあった。

 それに傭兵時代、似たような事をやらかして、目の前で死んだ奴もいる。

 いくらAKといえど、メンテナンスをやらないと危ない。

 耐久性があっても、過信は禁物。

 肝に銘じた持論を反芻しつつ、俺は銃に弾倉を挿しこんだ。

 銃を置き、コーヒーを啜る。

 そんな時だった。


「石田はん」


 関西訛りの呼びかけに応じる。そこにいたのは、調査係に属している植田だった。


「どうしました?」

「上で矢上はんが呼んでた。……なんか大事な用みたいだったな」

「……分かりました」


 植田の背中を見送ると、俺は銃をガンロッカーに仕舞い、大事な用の内容について考え始めた。

 向こうから誘っておいて、一か月でクビなんてことは無いはずだ。

 昇給にも早い。

 話の輪郭が掴めないまま、俺は会議室のドアをノックする。


「どうぞ」

「……失礼します」


 部屋の中には、矢上以下それぞれの部署の主任クラスの人間が集まっていた。


「石田さん。そこに座ってください」


 矢上に言われるがまま、俺は空いている椅子に腰掛ける。


「……どうしたんです? 皆さん勢揃いで」


 キョドるとまでは言わないが、それなりに緊張はする。

 遠慮気味な声を発すると、俺の前に資料が分けられた。

 そのタイミングで、矢上と調査係主任が目配せして部屋の電気が消され、スクリーンに何かを映し出した。


「……船?」


 スクリーンに映るのは、豪華客船だ。


「石田さん。資料を見てください」


 言われるがまま書類を捲る。

 アメリカの運航会社が所有するクルーズ船で、太平洋一周旅行をよく行っているらしい。


「その船に何かあるんですか?」

「正確には、行っているです。……人身売買をね」

「人身売買!?」


 その単語が出てくると共に、何故それをインストラクターである俺に言うのか。


「……詳しい事は追って説明します。まずは、話を聞いてください」


 そう言われてしまうと、俺は話を聞く他に出来る事は無かった。


 ――そもそも。大元を辿れば、本来の管轄はアメリカISSだった。

 追いかけて追いかけて、一つの事件から芋づる式に多くの事件を露わにしてきた。

 今回の豪華客船内で行われる非合法オークションも、その一つだ。

 彼等は早速突入の手はずを整えようとするが、運悪く先に出航されてしまう。

 そして向こうの局員は、船の航路上にある日本ISSに協力を申し出てきた。


「……船にカチコミでもするんですか?」

「いや、突入はアメリカISS本部強襲係がやります。我々がやるのは、中に居るはずの子供の保護です」

「子供……」


 俺はどこか納得した。

 安い労働力や少年兵を求めて、わざわざ豪華客船に乗りはしないだろう。

 子供は全員女の子に違いない。

 良くて愛玩。悪くて……性奴隷。

 どこのクソッたれが考えたかは知れないが、船という場所を選んだセンスは良い。

 閉鎖空間で、外に出たとしても海のど真ん中だ。

 子供……いや、遠泳選手にも無理だろう。

 おまけに言えば、海のど真ん中にいれば法律は関係無い。


「石田さんには、船内に潜入してもらいます」


 思わず、やっぱりなと言いかけたがそれを飲み込んだ。


「ベビーシッターを俺にやれと?」

「突入部隊がやってくるまでの間です」

「そこらへんに文句は無いさ。……何故俺なんだ?」


 俺の疑問に答えたのは、調査係の主任だった。

 豪華客船の客は、当然の事だが金持ちが多い。だが、金持ちの中にも階層があるのだ。

 大会社の幹部や社長クラスの人間が梅クラスだとすると、芸能人や政治家やら省庁の偉い人は竹。さらに上の王族やそれに準ずる血筋なんかは松クラスとなる。

 梅クラスは若い世代もいるが、竹や松ともなると中年以上が多いだろう。

 つまり、客の年齢層は高い方に偏っているのだ。

 それに対し、ISSの面子は現場に出ない幹部クラスを覗けば、高かくて四十代前半。

 だが、俺は四十八だし煙草もやってたせいで実年齢より老けて見える。

 それに、現役には劣るが実力はある。

 正規の局員じゃないが、ISSには属している。

 ここまで、この作戦にうってつけの奴はいないだろう。

 自己分析してて、納得してしまった。


「……なるほどなぁ」

「お願いできます?」

「……分かったよ。やろう」


 溜息を付き、俺は椅子にもたれ掛かった。

 きっと、俺がここでうだうだ言ったとしても、最後には行くことになっていただろう。

 詳しい事情を説明しないまま事件の概要を説明した時点で、俺を逃がす気は無かったに違いない。

 俺以外、この場にいる全員が飄々とした顔をしているが、とんだ食わせ者達だ。

 俺は、ISSが『独立愚連隊』と言われる所以が分かった。

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