個性の葬式

夏木

大人になるための儀式



 成人になるにあたり、成人式の前に参加せねばならない式――個性の葬式がある。


 大人になるのに必要なものだと言われていて、参加が義務になっている。なのに、式の詳細については誰も教えてくれない。というより、参加したという記憶があっても、終わったころには何をしたか忘れてしまうらしい。


 一体なにをしているのだろうか。不思議に思いながらもヒロトは成人になるからと、今日、参加する。



 ☆



「さびぃ。クソだるい……」



 真っ暗な空。月がぼんやり輝く。その光を受けて、ブリーチを繰り返し金髪にしたヒロトの髪がキラキラと明るい。


 同級生たちは皆、学業や就職などで慌ただしい中、ニートをチョイスしたヒロトにはどんな髪色もやりたい放題であったのだ。



 今日、成人式を目前に控えて、ヒロトはとある施設にやってきた。

 入口前に立てられた看板には、「個性の葬式」の文字。施設内へ次々に黒い服を着た同世代の人々が吸い込まれるように入って行く。


 行きたくもないこの施設へ、ヒロトは嫌な顔をしつつ足を踏み入れた。



「こんばんは。受付はこちらです。お名前をご記入ください。その後スタッフが案内いたします」



 入口入ってすぐ、左右に受付があった。それぞれの受付には、喪服に身を包んだ大人が五人ほど。まるで機械のように同じセリフを言っている人と、その後方で資料を抱えながら静かに立つ四人。


 性差はあるものの、どの人も似たような顔や動きであるため、気味悪さを感じつつ、ヒロトは名前を書く。



「こちらです。少々施設奥で、離れておりますのでその間に本日の流れについて説明いたします」

「はあ」



 ヒロトを先導したのは、眼鏡をかけた男だった。

 こちらへ、と言われるがまま施設の中を歩き進める。


 施設内にはいくつもの小部屋が並んでいた。ドアが閉ざされており、中をうかがうことはできないが、ドア横に名前が記載されている。どうやら個人でそれぞれ一部屋あるようだった。



「個性の葬式では、大人になるにあたり、不要な個性と別れを告げる機会となっております。例えば、好き嫌い。食べ物の好き嫌いは、大人になるにあたって不要です」



 ヒロトに背を向けたまま、男は説明をし始めた。


「ある程度個性の許容範囲があり、その枠からはみ出た個性のみ、別れるという式です。初めから大人びた人であれば、式の前後で変化はないでしょう。しかし、あまりにも個性が強い人であれば、大きく変化があるかと思います」



 はあ、と適当にうなずく。要は大人になるために儀式だろう、そんな認識であったため早く終わらせることしかヒロトの頭にはなかった。



「個室には我々は入ることができませんので、貴方だけとなります。部屋には棺がありますので、最後の別れを行ってください。済みましたら、棺の下に赤く光るボタンがありますのでそれを押していただければ、そのまま棺は部屋の奥につながる火葬炉へと送られます。これで式は終了となります。終われば扉が自動で開きます」



 部屋に入ってすぐボタンを押せば終わる。だったら秒で終わるじゃないか。そう考えたヒロトの顔は途端に明るくなった。

 説明はこれで終わったようで、男はもくもくと歩き続ける。


 個室が並ぶ風景に飽きたヒロトは、大きな口を開けてあくびをしたとき、黙っていた男が再度声を発した。



「……ところで。貴方様は今後の進路などは決まっているのですか?」

「は? 別に決まってねぇけど?」

「そうですか。でしたら、どんな仕事がしたいなどはあるのですか?」

「別に。適当にバイトすりゃいいや。金さえあればなんでもいいし」

「そうですか」



 ただそれだけの会話で終わった。

 一体何だったのか。それを聞くことはせず、ヒロトは歩いた。



 ☆



「こちらです。私はここで待っておりますので、先ほど説明したように最後の時をお過ごしください」

「あーい」



 ヒロトの名前が書かれた部屋の前で男は止まった。

 閉ざされた扉。中はどうなっているのかという興味と、早く終わらせて帰りたいという気持ちが相まって、適当な返事をかえしつつ、ヒロトはすぐに扉を開け中に入る。



「お」



 部屋の中はシンプルだった。

 真っ白な壁に、扉の向かい側の壁だけが鮮やかな花で飾られている。そして部屋の中央に、閉ざされた一つの棺がある。



「どう別れろって言うんだか。ま、早く終わりに……」



 個性との別れなどどうやったらいいかわかるはずもない。目に見えないものとの別れなどできるはずがないのだ。


 だったら何を悲しむこともない。ただの形式的なものなのだから、聞いた通りにボタンを探す。


 だが、いくら探しても見つからない。

 ボタンらしきものは何一つなかった。



「はあ? 意味わかんねぇ。おいっ、おっさん!」



 部屋の外で待機しているという男に文句を言おうと、部屋の扉に手をかける。しかし、ノブは下がらず、押しても引いても何をしても扉は開く様子がない。



「おい! そこにいんだろ! おい!」



 ドンドンと扉を叩く。もちろん部屋の外から反応は返ってこない。

 急に不安になり、ポケットに入れていたスマートフォンを使って助けを呼ぼうとする。だが。



「くそっ。なんでつかねぇんだよ!」



 充電を切らすことはないはずだった。故障するような状況もなかった。なのに、スマートフォンは点灯することなく、一切反応がない。

 助けを呼ぶ術はなくなった。



「意味わかんねぇ……どうしろってんだよ……」



 へたっと座り込み、頭を抱えたとき、男の言葉がよみがえってきた。



『終われば扉が自動で開きます』



 式が終わらなければ、出ることができない。そう考え、ヒロトは深いため息を吐いてから立ち上がり、棺の周りをうろうろし始める。



「ねぇもんはねぇ……」



 台には何もない。他に男が言っていた言葉にひっかかることはないか。記憶を遡っていく。



「別れ。葬式。個性。棺。下。ボタン。火葬……あ! 棺の下か!」



 単語単語を思い返したとき、ピンときた。

 男が言っていたのは、「棺の下にあるボタン」であったことに。

 それが棺の乗る台を示しているとばかり思っていたが、もしかして違う意味なのではないかと。


 力をこめ、棺を横から押してみる。すると、赤い色がちらりと見えた。


 これで終わる、そう思ったとき、力が入りすぎてしまい棺がバランスを崩し、大きな音を立てて台から落ちてしまう。



「やっべ!」



 焦ったのもつかの間。

 棺から飛び出したものを見て、ヒロトは血が冷たくなっていくのを感じ、力なく床に座り込むことになる。

 なぜなら。



「お、れ……?」


 棺から飛び出したもの――それは白い顔をしたヒロトだった。

 自分の顔を間違えるわけがない。固く閉ざされた瞳に、白装束をまとった自分が床に落ちた。

 なぜ、どうして。自分が棺に入っているのか。

 恐怖のあまり、これ以上の声も出ずに、落ちた自分から目が離せなかった。



「っ!?」



 急に落ちた白装束のヒロトの瞳が、ぎょろりと開き、ヒロトを捉えた。

 死んでいるはず、いや、そもそも人であるわけがない。この葬式は個性の葬式なのだから、人間自身の葬式ではない。それに生きている人が棺の中にいるわけがない。ましてや自分そっくりの人が。


 あらゆる概念を覆した存在が、のらりくらりと立ち上がる。

 そして、恐怖とパニックで動けないヒロトへと近づいていく。



「やめ――」



 動けないことをいいことに、ドッペルゲンガーはヒロトを襲った。

 強い力で口を押さえつけ、呼吸を拒む。酸素が頭に回らなくなり、力が弱まったとき軽々とヒロトを持ち上げる。そして、床に落ちた棺へと放り込む。


 常に逃げ出そうとあがいたヒロトだったが、あまりにも強い力に負けた。投げ入れられた棺の中で酸素を求めるように荒い呼吸をしている間に、棺の蓋は閉ざされようとしていた。その直前、ドッペルゲンガーが全くヒロトと同じ声で言う。



「さよなら、俺の個性」



 棺の内部から叩くも、どういうわけか再度開かれることはなかった。

 棺は軽々と台に載せられる。


 棺の小窓がドッペルゲンガーによって開かれ、青ざめたヒロトを確認する。助けてくれと言わんばかりに必死にもがく様子を見ると、ドッペルゲンガーは嬉しそうに口角をあげた。


 直後、ブザー音が鳴り響き、棺がコンベア式に流れ出す。その先は花が飾られた壁。ギイギイと音を立てて花の中へと流れていく。もちろんその先は火葬炉。誰かがヒロトに気づくこともなく、炎の中へと姿を消した。



 ☆



「お疲れ様でした」



 個室の扉から出てきたのは、白装束をまとったヒロト。その姿を見た男は、何も驚くことなく、喪服を一式差し出した。



「お疲れ様です。ありがとうございます」



 ニコニコとしながらヒロトはすぐにそれに着替える。そして再び男の案内に従って今度は施設の外へと向かう。

 移動時間は長い。その中で男は再び問う。



「貴方様は今後の進路などは決まっているのですか?」



 式の前と同じ質問。だが、ヒロトの答えは一八〇度違うものへ変わる。



「まだはっきりとは決まっていませんが、これからは社会のためになれるような仕事に就きたいですね」




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