第12話:天才でバカな魔法使い

「ハリーは天才なんだ」


 今日は庭の薬草畑の手入れです。

 ロバートさんと話をしながら作業を進めます。

 よしよし、かなり使える株が増えてきましたね。

 満足です。


「それはそうですよね。王国一の魔法使いですもの」

「でもバカなんですよ」

「は?」


 思わず手が止まる。

 ロバートさん、三秒前と言ってることが正反対ですよ?


 ハリー……魔道士ハリーホーク様。

 勇者様御一行を無敵たらしめた極大魔法の使い手として知られています。


「いやいや、ハリーは極大魔法なんか使わなかったですよ」

「そうなんですか?」


 あ、でも極大魔法を嫌っていたという噂は聞いたことがありますね。

 無差別殺戮は美学に反するとか。

 ロバートさんが笑って否定します。


「違うんですよ。極大魔法を魔物に放つと、貴重な素材やドロップアイテムがパーになってしまうと言ってね。チマチマした魔法を使うことが好きだったなあ」

「ケチな方なんですか?」


 魔物との戦いなんて命懸けなのではないですか?

 それなのに素材やアイテムを優先するなんて。


「ケチっていうのは違うかなあ。研究者なんですよ。根っからの」

「研究者、ですか」

「魔物についても詳しくて。弱点はどこそこだから突きで倒してくれ。背中の皮が高価だから傷つけるな、とかですね」

「……やっぱりケチなんじゃ?」

「ハハッ。でもハリーがパーティーに加入してからは、並の魔物に苦戦することはなかったですよ」


 ロバートさんのハリーホーク様に対する評価は高いのですね。

 あ、でもバカって言ってましたか?


「ん?」

「どうしました?」

「異常な魔力の高まりが……」


 異常な魔力の高まり?

 何事でしょう?

 あっ、私にも何か感じる……。


「きゃあああ!」

「フィオナ!」


 誰かが私に覆い被さってきました!

 へ、変質者?

 でもロバートさんが私を呼び捨てにしたの、初めてじゃないでしょうか?

 何だかドキドキします。


「誰だ! フィオナさんに何をする! おのれたたき斬ってくれる!」

「待った! アーサー氏、拙者でござる!」

「ハリーであっても、フィオナさんに触れるのは許さん! 死をもって罪を償え!」

「ひえええええ!」


          ◇


「いやあ、一時はどうなることかと思ったでござる」


 すったもんだがありまして。

 片眼鏡でローブという、いかにもな魔法使いの姿で現れたハリーホーク様を家にお招きしています。


 何とハリーホーク様は転移の魔道技術を開発。

 ロバートさんの魔力波動を感知して、実験がてらやって来たそうです。

 それでいきなり現れたのですね。


「アーサー氏は全く変わりませぬなあ」

「相変わらず子供っぽいって言えよ。それから今のボクの名前はロバートね」

「あ、そうでござった」


 ポリポリ頭を掻くハリーホーク様。


「でも本当にお似合いでござるよ」

「「えっ?」」

「息もピッタリでござるなあ」


 顔が熱を持つのがわかります。

 あ、ロバートさんの顔も赤いですね。

 お揃いです。


「カリンに聞いたの?」

「そうでござる。あ、カリン氏から言伝があるでござるよ」

「え? 何て?」

「『ちゅーしろちゅー』でござる」


 この前カルカ村においで下さった聖女カリン様。

 開けっ広げというかはっちゃけてるというか。

 聖女のイメージとはかけ離れた方ですね。


「それから……これを」


 封筒を差し出すハリーホーク様。


「何だい?」

「ロバ……アーサー王配殿下から預かったものでござる。ロバートに渡してくれと」

「義理堅いなあ。別にいいのに」


 苦笑しながら封を切るロバートさん。

 きっと王配殿下は、カリン様からロバートさんが読み書きできるようになったことを聞いたんでしょうね。


「ええと、何々?」


『親愛なるロバート殿。


 君がカルカ村に身を寄せ、ささやかな幸せを掴んだとカリンに聞いた。

 おめでとう。

 君の安寧の日々がいつまでも続くことを祈っている。

 

 ちなみにオレの方はあれだ、美しい妻と三人の子供に恵まれ幸せだ、一応。

 しかし、三人の子を産んだ母親は強いぞ?

 おまけに女王ともなると無敵だぞ?


 君のところは一〇も年下の嫁さんだそうじゃないか。

 呪っていいか?

 爆ぜろ、地獄に落ちろ。


 オレが君にしたことは許されることじゃない。

 オレは一生この罪と君の名を背負って生きてゆく。

 いつか君と酒を酌み交わせる日が来ることを願う。


          君の友アーサー


 追伸:君の魔法使用に対する禁は解いたから。』


 読み終わったロバートさんの目が点になっています。


「え? 何これ。アーサー一体どうしちゃったの?」


「要するに女は怖いということでござる。あの愛らしかったシャーロット姫が……ガクブル。拙者は絶対に結婚しないでござる」


「そ、そうなの?」


 何か雲行きが怪しくなってきましたね。

 何故ハリーホーク様は私から目を逸らすんです。


「ま、まあロバート氏はきっと幸せになるに違いないでござるよ」


「フィオナさんはどう思います? さっきの手紙と、ハリーの結婚しない宣言と」


 私に振るんかい。


「私は……手紙の内容は良かったと思いますよ。よ、嫁さんって書いてありましたし」


「爆ぜるでござる!」


「ボクも覚悟が決まったよ」


「ちゅーする覚悟でござるか? 爆ぜる覚悟でござるか?」


「……ハリーが帰ってからにするよ。あれ? そういえばハリーはどうやって帰るんだ?」


「そりゃ転移魔法の装置を使って……あっ!」


 装置のないこちらから転移することはできないそうです。

 本当だ、ハリーホーク様バカだ。


          ◇


 結局ハリーホーク様は、泣きながら走ってお帰りになりました。

 身体強化魔法を使えば、五日もあれば王都に辿り着けるだろうと、ロバートさんは言います。


 めでたしめでたし……ロバートさんが決めた覚悟って何だろう?

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