第13話:ドリームウエディング

 ――――――――――二人の出会いから六ヶ月後、ロバート視点。


 白い王都風スーツ姿のボクの隣に、フワッとしたドレスとヴェールに身を包んだフィオナ。

 ああ、ついにこの日が来たんだ。

 今日は何ていい天気なんだろう。

 ボクに加護をもたらす大神が気を利かせてくれたに違いない。


「行こうか」

「そうね、ロバート」


 華やかな笑顔をボクに向けるフィオナをエスコートし、村人の皆さんの前へ姿を現す。


「村の少子高齢化問題は解決の糸口を見た!」


 村長だな?

 まったくこんなめでたい日にまで何を言っているんだろう。

 ふと隣にいるフィオナを見たら、ニコッと笑いかけ、すぐに恥ずかしがって顔を伏せてしまった。


「綺麗だよ」

「もう、ロバートったら」


 皆さんもありがとう。

 村人に大きく手を振る。


「いいぞ、ロバート!」

「フィオナも美しいよ!」


 ちょっとしたからかいの言葉と微笑み、拍手で祝福してくれるカルカ村の皆さんに見守られ、ボクとフィオナは臨時に設けられた国教会の祭壇の前までゆっくり歩く。

 そのドレスでは歩きづらいでしょ?

 ボクに頼ってくれていいからね。


 祭壇の前に立つ司祭が、聖典を片手にボク達二人へ厳かな声をかける。 


「病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しき時も、敬い合い、慰め合い、助け合い、死が二人を分かつまで、互いを愛することを誓いますか?」


「「誓います」」


「誓いのキスを」


 目を閉じ、やや顔を上向きにするフィオナ。

 頬が少し赤く染まっている。

 ああ、何て美しいんだ。

 君の夫になれてボクは幸せだ。


 ヴェールを持ち上げ、そして……。


 ん? ちょっと待てよ。

 ボクの中の冷静な部分が警鐘を鳴らす。

 ボクとフィオナの結婚式なら、生臭聖女カリンが喜び勇んでやってきておちょくり回すはず。

 都合が合わなきゃ、結婚式の日取りを変えろって言うに決まってるし。

 どうしてただの司祭がカルカ村へ来たんだ?

 あっ、さては……。


          ◇


「ロバートさん、お目覚めですか?」


 フィオナの優しい声。

 フィオナ? どうして命の恩人で家の主人でもあるフィオナさんを呼び捨てに……。

 どうしたんだろう、思考がうまく働かない。

 ええと……あっ!


 ガバッと頭を上げる。


「フィオナさん? ごめんなさい、ボク寝てましたか? 寝てましたよね?」

「はい。気持ち良さそうだったので起こさずに」

「そ、そうでしたか。ということは……」


 急速に冷えてくる頭で現在の状況を把握する。

 うわああああああああ、夢だったあああああああああああ!

 盛大にやらかした! 

 恥ずかしい、恥ずか死ぬ!


 フィオナさんが笑いながら聞いてくる。


「ふふっ、店先でうたた寝しちゃうなんて、よっぽどお疲れですか?」

「は、はい。本当に申し訳ないです」

「ムリもありませんよね。ここのところ薬草摘みも畑仕事も忙しかったですから」

「……」

「ロバートさん、一生懸命働いてくれてましたもの」


 フィオナさんの生温かい目。

 何をやっているんだボクは。

 あれはロバートさんが少々ポンコツなことくらいわかってますよって目だ。

 評価を下げてどうするんだうわあああああ!


「とても楽しそうな笑い声でしたよ」

「そ、そうでしたか……」


 やっちまったなあ!

 男は黙って寝言!

 寝言は黙ってないじゃん!

 ああああああ、テーブルに突っ伏したまま寝言で笑ってたのか。

 何それ、想像するだけで気持ち悪いいいいいいいい!


 もうダメ、どんどん精神値が削られてフラフラだ。

 勇者になって以来、ここまで追い詰められたのは初めてかもしれない。


「何の夢を見てらしたんですか?」

「えっ? いや、あの、それは……」

「覚えていらっしゃらないですか? 残念ですね。きっととても素敵な夢だったはずですよ」

「……実はフィオナさんとの結婚式の夢を……」

「えっ?」


 薬草を手にしたまま固まるフィオナさん。

 何を正直に答えてるんだボクは。

 あああああああ、またフィオナさんに軽蔑されてしまううううううう!


 顔を背けたフィオナさんが言う。


「も、もう。ロバートさんったら、嫌ですね」

「……」


 嫌なのかあああああああ!

 いろいろボクは終わった気がする。

 ふう、却って冷静になれた。

 ピンチの時ほど気を落ち着かせろというのは、勇者時代からの心得でもあるから。


 よく見ろ、フィオナさんはさほど気味悪がってもいないじゃないか。

 心が広いなあ、さすがボクの運命の人。


「今日はウズラ肉が手に入ったんですよ」

「あっ、それはいいですね。夕食が楽しみです」

「ロバートさんの大好きなシチューにしましょうね。野菜もたっぷり入れて」

「えっ? ありがとうございます」


 ……違和感があるな。

 フィオナさんはどっちかというと、シンプルに焼いた肉が好みだ。

 何故フィオナさんはわざわざ手間のかかるシチューに?

 このタイミングでボクの好物に寄せたのには何らかの意図が?

 考えろ、何らかの脈絡があるはずだ。

 唸れ灰色の脳細胞!


 ボクの……大好きな……?

 そうか、わかったぞ!

 ボクが疲れていると思って、身体を心配してくれているんだな?

 フィオナさんは優しいなあ。


 御機嫌で夕食の用意をするフィオナさんの後姿を見られて、ボクも幸せだ。

 あれ、どうしてフィオナさんは機嫌がいいんだろうな?

 ボクが居眠りしてる間にラッキーなことでもあったんだろうか?


 ああ、そうだ。

 ウズラ肉が手に入ったんだもんな。

 今後もフィオナさんが笑顔である生活が続きますように。

 ボクに加護をくれる大神に祈った。

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