第10話:聖女が村にやって来た!

 ――――――――――王都国教会、聖女カリン視点。


 あの子から手紙が届いた。

 いつの間にか、字書けるようになってんじゃん。

 八年ってあっという間だったように思えるけど、案外長い時間なのかな。


 あたし付きの巫女が話しかけてくる。


「カリン様。次回祝福を与える地はどこにいたしますか?」

「カルカ村!」

「か、カルカ村ですか? 申し訳ありません、どこにある村でしたか?」

「知らないのも無理はないよ。南東の辺境区にあるんだ」

「辺境区、ですか……」


 言いたいことはわかる。

 辺境区は自治村からなるエリアだ。

 王国の領内とはいえその法は及ばず、確か国教会の聖女がかつて祝福を行ったことはないんじゃないかな。


「勇者パーティーで訪れたことがある、思い出の地なんだ」

「ああ、そういうことでしたか」

「じゃ、決まりね」


 思い出、といってもほろ苦い思い出だ。

 救援に赴いたあたし達は全然間に合ってなかった。

 ほとんどの建造物が倒壊する中、三分の二以上の住民の命が助かったのは、ひとえに村人達が最後まで諦めず、秩序だった抵抗を続けていたからに他ならない。


 そしてあの『声』。


「魂が震えるような……」

「え、何ですか?」

「ん? 何でもないよ」


 そうか、あの子は運命の『声』の持ち主を見つけたんだね。


「楽しみだな、カルカ村」


          ◇


「聞きました? 聖女様がカルカ村に来てくださるんですって! まあ大変!」


 そう先触れがあったとのこと。

 こんな王国でも端っこの方の小さな村なのに、さすがは聖女様です。


「えーと、フィオナさん。ボクが元勇者だってこと、忘れてないですよね?」

「もちろんですよ。それはそれです」


 カルカ村が魔物の大群に襲われた時、癒しの御業で多くの村の衆の命を救ってくださったのが聖女カリン様です。

 どんな方でしょう?


「期待し過ぎるとガッカリすると思うよ」

「そうなんですか?」

「雑で喧嘩早くて男っぽい……物事に拘らないタイプですごく気持ちがいい性格なんだ!」


 発言の内容と口調に突然の路線変更があったように思いますが。


「誰が雑で喧嘩早くて男っぽいってえ?」


 あたしの後ろから腕を伸ばし、ロバートさんの頭をわし掴みにする……ここ私の家ですがどなた?


「カリンやめてくれ! 頭が割れちゃう!」

「言い直そうか」

「素敵なお姉さん! 素敵なお姉さんです!」

「まあいいか」


 もう到着していらしたんですね。

 女性としてはかなり背の高い、法衣を着ていながら抜群のプロポーションであることがわかるこの方こそが聖女カリン様……に私ジロジロ見られているんですが?


「ふーん、この子か。アーサーったら面食いなんだから」

「今のボクはロバートだよ。面食いなのは否定しない」

「そうだ、ロバートだった。ねえ、あなた。フィオナさんだっけ? ロバートをよろしくね。可愛い弟分なんだ」

「は、はい」


 本当の姉弟みたいに見えます。

 互いに信頼しあっているのですね。


「それで、フィオナさんを見てもらえるかな?」

「もちろん。おい、ここで見たこと聞いたことは他言するんじゃないよ」

「心得ております」


 お付きの巫女さんに口止めしてまで何を?

 聖女様の手が私の額に当てられます。

 あ……温かい……。


「……間違いないね。伝令神の加護だ」

「そうか……。どうしたらいいと思う?」

「何が?」

「フィオナさんのことさ。帝都に連れて行かれるのは断固として拒否する。ここは辺境区だから、王家に従う義務もないんだ」

「で?」


 躊躇ったように見えるロバートさんが続けます。


「……加護持ちならば、能力を育てるべきだと思うんだ。魔王を倒したのだってほんの八年前だ。今後何が起きるかもわからない」

「ふーん。でもあんたは王都で能力を開花させようとは考えない、と」

「そうだ。フィオナさんを国の犠牲になんかしたくない」

「王国の力を借りずに彼女の能力を育てたいってことだね」

「できるか?」

「簡単だよ。えっちすればいい」

「「えっ?」」


 今何と?


「いやん! 二度も言わせないで」


 恥ずかしがっているのか、からかわれているのか、どうにも判断できない聖女様の表情なのですが。


「どういうことだっ!」

「いや、ロバートあんた大神の加護持ちじゃん? しかも能力をほぼ余すことなく使いこなしてる」

「ああ」

「伝令神ったって大神の従属神に過ぎないんだから、身体の接触面積と接触時間が大きければ励起されるよ」

「そ、そうなんだ?」

「間違いないね。村の少子高齢化問題の解決の第一歩にもなる」

「あっ、カリンお前、村長に何か言われたろう!」

「絶品のスコーンだった」

「そうですよねっ!」


 てんやわんやです。


          ◇


「じゃああばよ!」

「ああ、来てくれてありがとう」


 昨晩の聖女カリン様の祝福は素晴らしかったです。

 村の衆皆の目に生気が宿り植物の成長が促進し。

 そして聖女様がお倒れになってお付きの巫女さんが大慌てでお酒を飲ませて。

 え、それ大丈夫です? って思う間もなく回復されて。


 ええ、その後は大宴会でしたとも。


「またいらしてくださいね」

「もちろんだ。カルカ村の酒とスコーンの美味さを、あたしは決して忘れない」


 聖女様すっごい満足げですけれども。


「少子高齢化問題が解決に向かっているか、確認しなくてはいけないしな」

「またそんな……」

「五年後にまた来る。子供が三人以上いたらフィオナの勝ちだ。再び祝福を授けよう」

「ええっ!」

「頼んだぞフィオナ、ロバート君!」

「あんた達に村の未来がかかってるんだよ!」


 村長以下、皆の期待が重いんですが。


「ちゅーしろ、ちゅー!」


 何でこの聖女様はこんなに俗っぽいんだろう。


「そ、そういうのは誰も見ていないところで……」

「おい、聞いたか? 全員後ろ向け!」


 ええっ? そういう意味ではないんですが。

 本当に全員あっち向いてるし。


「観念しましょう」

「……はい」


 ロバートさんの顔が近付きます。

 恥ずかしいです。

 今後ともよろしくお願いしますね。

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