第6話:村長は知っている

 ――――――――――翌日、ロバート視点。


 今日は雨なので、薬草の採取はお休み。

 ボクがパンだけを買い求めに、店まで走っていく途中だ。

 昨日倒れたフィオナさんを濡らすわけにいかないから。


「やあ、ロバート君。少し寄っていきたまえよ」

「えっ?」


 村長に呼び止められた。

 買い物があるんだけど。

 いや、ボクも村長に聞きたいことがある。

 いい機会かもしれない。


「では、お邪魔します」

「ふむ、思ったほど濡れていないね」

「走ってきましたから」

「今日は降ったりやんだりになるんだ。やんだ時を見計らって行けばいい」

「はい、そうします」


 勧められた席に腰掛ける。

 村長はボクに何の用だったろう?


「カルカ村には慣れましたかな?」

「はい、おかげ様で。いい村ですね」

「かれこれ10年近くになります。見違えたでしょう?」


 ずっと年下のボクに話しかけるにしては丁寧な言葉遣いじゃないか。

 村長は知っていたのか?


「……御存知だったんですか?」

「もちろん。わしはこれでも人を見る目には自信があるんでね」


 そういえばそんなこと言ってたな。

 でまかせじゃなかったんだ。


「村をお救いくださった恩人のことを見忘れるわけはありません」

「恩人なんて……ボクはこの村に全然見覚えがないくらいなんです」

「ああ、それは仕方がない。この一〇年で全てが新しくなってしまいましたからな。昔のものなど何も残っていないのです。人以外は」


 人以外は、か。

 含蓄のある言葉だ。


「フィオナをどう思います?」

「素敵な人です。ボクとは結構歳離れてるはずなんですけど、随分しっかりされているというか」

「一〇歳差ですな。何、大した差じゃありません」


 どうしてこの村長、ボクの歳まで知ってるんだろう?

 当時かなり話題になったからか。


「加護持ちは加護持ち、ですか。古い諺ですな」


 村長が口にしたのは、ふさわしい伴侶の喩えだ。

 無学なボクでも知っているくらいの。


「やはり……フィオナさんは加護持ちなんですか?」

「さて、教会もない小さな村でしてな。フィオナが聖検を受けたことはないはず。本当に加護持ちかどうかはわかりませぬ」


 遠くを見るような目になる村長。

 ゆっくりと語り始める。


「……絶対に間に合わないタイミングでありました。王都に使いを飛ばして、そこからさらに勇者様に連絡が行くのですから。しかし、わしは皆を鼓舞し続けねばなりませんでした。全滅することがわかっていても、一体でも多くの魔物を道連れにすることが使命だと信じて」


 村長と視線が合う。

 厳しくも穏やかな目だ。


「あなた方は来てくださった。奇跡です」

「……『声』が聞こえたんです。それでこの村の危機を知りました」

「ふむ」


 莞爾として笑う村長。


「あの子の心の『声』はどこまでも届く。制御はできないし、受け手も一部の人間にだけのようですけれどもね。精神が追い詰められた時、異能が解放されるのでしょう。そういえば昨日も『声』が聞こえたようですが」

「あの時フィオナさんは倒れてしまっていたんです。悪夢でも見たのかもしれません」


 声のトーンを落とす村長。


「……我々はあの子に救われたんです。あの子とあなた達に」

「……」

「おそらくフィオナは伝令神の加護持ちなんだろうと思います。わしの見立てですから間違ってるかもしれませんけれどね」

「伝令神、なるほど」


 伝令神の加護ならば、どこまでも伝わる『声』というのも納得だ。


「どうします?」

「何がですか?」

「加護持ちをド田舎に置いておくのは、もったいないとは思いませんかな?」

「そりゃあ……」


 言いかけて気が付いた。

 王都に行けば数万人に一人とされる加護持ちはもてはやされるだろう。

 異能にふさわしい訓練と教育が施され、そして……。


「使い潰されてしまうでしょう。あなたのように追放されるのでなければね」

「……かもしれません」

「フィオナはカルカ村の救世主です。その子に対してお国のために潰れろとは、この村の人間であればとても言えぬのですな」


 そうか、村長以外にもフィオナさんの声を聞き、加護持ちと気付いた人がいるのか。

 それでも何のアクションも起こさない。

 この平和なカルカ村で過ごすことが、フィオナさんの幸せだと信じているから。


「フィオナがあなたを連れて来た時は驚きましたぞ」

「全然そんな風には見えませんでしたよ」

「いやいや、あなたが浮浪者の真似をされていたので、ははあ、何かの事情があるのだなと察しましてな」


 思わず顔が赤くなる。

 普通に行き倒れただけですって言いづらいじゃないか。


「勇者様御一行のその後についても情報は仕入れていましたのでな」

「追放のことまで知っていたじゃないですか。表に出ていない情報ですよ?」


 悪そうな顔を見せる村長。


「あっ! ボクをフィオナさんに押し付けたのも、全部わかってたからなんですね?」

「加護持ちは加護持ち、ですからな。とてもお似合いです」


 絶対にこの村長悪いやつだ。

 結果としてすごくありがたいことだったけれど、この村長の思い通りになっているのが癪だ。


「できれば村の少子高齢化問題の解決にも御協力くだされ」

「……」


 再び顔が赤くなるのを感じる。

 少子高齢化問題の解決って。

 あんなことやこんなことじゃないですか。


「おや、雨も上がったようですぞ」

「そうですね。パンを買いに行かないと」

「長いこと引き止めてしまってすみませんでしたな。レーズン入りのスコーンがありますで、持って行きなされ。フィオナの大好物ですから、少々待たせたことで怒っているとしても、すぐに機嫌を直しますぞ」


 この村長、何て悪いやつなんだろう。

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