第5話:『声』が聞こえる

 ――――――――――ロバート視点。


 ど、どうしたんだろう?

 今の今まで話していたフィオナさんが、突然倒れてしまった。

 慌てて抱え起こす。

 柔らかい……いやいや、そんな場合じゃない!


「フィオナさん、聞こえますか?」


 返事はなく、ぐったりしている。

 でも苦痛を感じているようではないな。

 表情は穏やかだ。


 バーバラさんが言う。


「……フィオナは元気な子だけどねえ。単に疲れたんだろうよ。ロバート、フィオナを部屋に寝せておやり」

「は、はい」


 バーバラさんの言う通り、急いでフィオナさんをベッドまで運ぶ。

 やや顔が青白く見えるが、呼吸には問題がない。

 脈もしっかりしている。

 大事ではないな。


「ヒール!」


 倒れて傷を負ったフィオナさんに回復魔法をかける。

 ……ボクが魔法を使うのは禁じられているが、そんなの知ったことか。

 今使わないでいつ使うというのだ。


「悪いことをしてしまっただろうか?」


 最近フィオナさんとよく目が合うことには気付いていた。

 ボクなんかを意識してくれてるんだろうか。

 フィオナさんみたいな綺麗なお嬢さんが?


 そうだ、フィオナさんは素敵だ。

 美しいだけでなく、魔物のせいで年の近いほとんどの幼馴染と両親を失った過去をしっかり消化している、芯の強い女性なのだ。

 この三ヶ月で徐々に彼女を好きになる気持ちを抑えられなくなってきた。

 ボクの心が弱いせいでそう感じるんだろうか。


 流されてカルカ村に落ち着けとの誘惑に抗えなくなりつつある。

 この村の人達はとても優しい。

 というか、フィオナさんを特別視してるんじゃないかと思うことがある。

 フィオナさんの家に居候しているから、ボクにまで親切なんじゃないかな。

 しかしそんなことで足を止めてしまっては、何のために旅をしているのかわからなくなってしまう。


「……ううん……」


 寝言か。

 うん、大丈夫そうだな。

 一安心だ、腰を浮かしかけたその時。


「……勇者様、助けて……」

「えっ?」


 魔物に襲われた過去か。

 今でも夢に見るまでの心の傷なのかと思うと痛ましい。

 詳しいことは聞けていないけど。


『私達をお助けください!』


 不意に頭の中救いを求める『声』が響く。


「こ、この『声』は? ああっ!」


 身体全体が確かな満足感に包まれる。

 ああ、涙が出てきて止まらない。

 フィオナさんも涙を流しているじゃないか。

 柔らかく温かな魂の共鳴!


「……フィオナさんだったのか」


 ようやく見つけた。

 このブルーネットの髪を持つ少女こそが、ボクの探していた……。

 でもこの村は記憶にないんだけどな。

 もっとも、忘れたいことが多過ぎる時代の記憶なんて当てにならないか。


 脱力感が心地良い疲労感に変わり、ボクを眠りに誘う。


          ◇


「はっ?」


 あれっ、私ったら寝巻きにも着替えずに寝ている?

 何があったんでしたっけ。

 ええと、ロバートさんが出て行くという話を聞いて、胸が締め付けられるようにきゅっとなって、そして……。


「……そうだ、気を失ってしまったのでした。ロバートさんが運んでくれたのかしら?」


 ふと部屋を見渡すと、ロバートさんが机に突っ伏して寝てるじゃありませんか。

 あらあら、心配かけちゃったみたいです。

 やっぱりこの人は優しい、好きだなあ。


 くう、とお腹がなります。

 どうやらもう夕方みたいですね。

 お昼を食べ損ねてしまいました。


 ロバートさんが突然ガバッと身を起こします。


「あっ、フィオナさん。身体は大丈夫ですか?」

「ええ、迷惑かけて申し訳ありません。一眠りしたらスッキリしたみたいです。疲れてたんでしょうかね?」

「よかった……」


 大きく安堵の息を吐くロバートさん。

 そんなに驚かせてしまったのかしら?

 目の前で人が倒れたらそうですよね。


「私、お腹がすいてしまって」

「そういえばボクもです」

「お昼に食べられなかったスープを温め直しましょう。具材を足して豪華にしてね」


 ロバートさんが去ってしまうのは決定事項のようです。

 せめてその時までは楽しく過ごしましょう。


「あの……ロバートさん?」

「はい、何でしょう?」


 明るく爽やかな、吹っ切れたような笑顔です。

 私は随分心配させちゃってたんですね。


「カルカ村から出て行かれるという話ですが……」


 やはり聞いておかねば。

 ロバートさんの旅路を案じているからではなく、行かないで欲しいという私情なのが忸怩たる思いですけれども。


「あっ、ごめんなさい。もうしばらくここにおいてもらうわけにはいきませんか?」

「へ? そ、それはもちろん構いませんけれども」


 というかそうしていただけないか、ダメもとで懇願してみるつもりでしたが。

 これは私の身体が良くなるまではということでしょうか?

 それだったら本当にごめんなさい。

 私は何ともないのですから。


 でも嬉しいです。

 笑顔になるのを止められないです。


「よろしかったんですか? ロバートさんには探しものがあるのでしょう?」


 卑怯な聞き方になってしまいました。

 私の身体は全然大丈夫なんですよ、とはつい言えず。


「ハハハ、必要なくなってしまったんです」

「必要なくなった?」


 どういうことでしょう。

 探す必要がなくなった?

 それとも探していたものの必要性自体がなくなった?


 悪戯が見つかった子供のような顔で話すロバートさん。


「出て行くと言った手前恥ずかしいんですけれども、今後もよろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ」


 何だかよくわからないですけれども、一件落着のようです。

 さてさて、安心したら空腹も限界ですね。

 食事にいたしましょう。

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