第3話:思てたんと違う!
「ロバートさんの御出身はどちらなんですか?」
薬草の生えている森までの道中のお喋りです。
一人での行き来じゃこういう楽しみがありませんから、ちょっと愉快ですね。
「ボクは王都ハルバートの出身ですよ」
「まあ素敵! 王都は賑やかなところなのでしょう?」
ロバートさんはシティーボーイでした。
なるほど、それではひ弱そうな体格なのも仕方がないです。
「といっても、孤児院育ちなんです。親の顔も知らなくて」
「そうでしたか」
何となく気まずくなりましたね。
はっ、いけないいけない。
孤児なのは私も同じでした。
親の顔を覚えているだけ、私はマシなのかもしれませんが。
「……それでも王都育ちなのは羨ましいです」
「そうですか?」
「住むところを魔物に蹂躙される経験はしなくて済んだでしょうから」
対魔王戦争が終結する一年半くらい前、魔物達の混成軍がカルカ村を襲った時は本当に恐ろしかった。
両親が殺され、私だってあと数秒で命を落とすところでした。
魔物の下卑た笑いは今でも夢に見ます。
絶望の寸前で勇者様一行が現れ、私達は救われたのです。
憮然とした様子でクセ毛金髪の頭を落とすロバートさん。
「……ごめんなさい」
「何を謝るのですか? ロバートさんには知っておいてもらいたかったから話したのですよ。私の意思です」
生き残った村の皆が共有している記憶です。
村の一員になるかもしれないロバートさんだって、知っておくべきことだと思います。
「それでも……ごめんなさい」
何でしょう、もっと深い後悔でしょうか?
気にしてはいませんよ。
「ロバートさんは優しいのですね」
「いえ、そんなんではなく……あっ、この草は食べられないですよ。猛烈に腹が痛くなります」
「そうなんですか?」
話題を変えるロバートさん。
……時々見る草ですが、毒だとは知らなかったですね。
私の知識なんて半端以下だということを思い知らされます。
だって全てを教えてもらう前に、お父さんもお母さんも死んでしまったから。
若干の寂寥感を覚えながら、それでも前に進まねばなりません。
森はもうすぐ。
◇
「これはよくお世話になる草です。気持ち良くなりますよね」
「ええ、ネムリ草です。よく売れるので摘んでいかないと」
森の浅いところでもかなり有用な薬草が生えています。
ロバートさんの草木に関する知識は豊富です。
本当に身体を張って身につけた知識なんでしょうか?
笑うロバートさん。
「実はボク、薬草の本を持っているんです」
「そうだったんですか」
「後でお見せしますよ」
鍋一つ持たない旅人が薬草の本を持っている、というのは違和感ありますが……。
いや、まさか最初から草だけを食べながら旅する前提で?
いくら何でも無茶でしょう!
「フィオナさん御存知ですか? 葉っぱの類はたくさん食べても、意外と腹に溜まらないんですよ。穀物には全然敵わないです」
「知ってますよ!」
「何と! フィオナさんは物知りですね」
この人は放っといちゃダメだ。
でもお持ちだという薬草の本には興味がありますね。
神様が遣わしてくれた人なのかしら?
あれ、ロバートさんどうしました?
厳しい目付きしたって可愛い顔なのは変わりませんよ?
「……この森に危険な動物か魔物は生息していますか?」
「えっ? いや、浅いところにはせいぜいイノシシやキツネがいるくらいで……あっ!」
のっそり現れたあの巨体は!
「く、クマ? ど、どうしてこんな森の入り口近くに……」
「なあんだ、クマか」
「えっ?」
クマの怖さを御存知ないんですか?
森の王、猛獣ですよ?
ロバートさん、何故そんな余裕の顔してるんですか?
「に、逃げましょう!」
「逃げると追いかけて来ますよ。クマは結構足速いです」
「じゃあどうするんですか!」
「まあまあ、気を静めてくださいよ。クマを興奮させてしまいますからね。ここはボクにお任せください」
コクコク頷くことしかできない私。
対照的に自信ありげなロバートさん。
ひょっとして頼りになる方だったんですか?
あっ、元冒険者だから武道の心得があるんですね?
オネガイシマスロバートサマ!
「いきますよ。はっ!」
肘を直角にしたまま右腕を上げ、掌をぶらぶらさせる?
おかしな構えですね。
「はっ!」
左腕も同じように肘を直角にしてぶらぶら。
何ですか、その操り人形みたいなポーズは。
あれ、でもクマが警戒していますか?
「はっ!」
頭を下げて中腰に。
禍々しいですよ?
古の魔物の真似ですか?
「あばあばあばあばぁぁぁぁぁぁ!」
「!」
両手をバタバタ上下させ、がに股で奇怪な叫び声を上げながらクマに立ち向かうロバートさん。
あっ、クマが何故か逃げてゆく!
ロバートさん得意そうですね。
「今のがボクの得意技、何度もクマと対峙した結果編み出したあばあばダンスです。平和的にお引き取りいただくのにはこれですよ!」
「あ、ありがとうございます。助かりました……」
あんなに大きなクマに睨まれていたのに、何事もないように退散させるとは。
すごいです、尊敬します。
でも……思てたんと違う!
頼りになる人なのかと、少しときめいてしまった私を返してください!
「大丈夫ですか、フィオナさん」
爽やかな、やり切ったような笑顔ですね。
「お気遣いありがとうございます。収穫ありましたし、戻りましょうか」
「はい!」
助けていただいたのに勝手な言い草とはわかっています。
幻想とも理解しています。
でも乙女としてはもっとロマンチックに救われたかったです。
もう一度言います。
思てたんと違う!
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