第2話 冒険の始まり2

 転移の穴から高速垂直射出された俺は、重力に引っ張られて、尻もちをついた。


「痛ってー! 尻が真っ二つに割れた!」


 いや元から割れてるか。

 俺は尻をさすりながら立ち上がり、周囲を見渡す。

 離れたところに街があった。高い防壁にぐるりと囲まれて中の様子はわからないが、鐘楼の頭がかすかに見える。

 最初はあそこに行くとして、まずはこの異世界の基本を予習しておこう。


 近くに手頃な岩があったので、そこに腰掛けてアカシックからもらったガイドブックを開く。

 まず俺がいるのはアドル大陸という場所らしい。他の場所は過酷な環境なせいで、ここ以外に人はまともに生活できないとある。

 そのせいか、この世界の国家はアドル大陸を統治しているアドル王国のみで、他国は存在しない。


 まあ異世界の政治体制とかは置いといて、それよりも大事な事がある。

 スキルだ! 異世界に来たならまずこれだ。

 ガイドブックによれば、異世界の人間なら生まれた時に3つから5つスキルを持っているらしい。その多くは効果の小さいコモンスキルだが、稀に強力なレアスキルを持つ者が生まれるそうだ。種族によって持っているスキルも違ってくるとか。


 この世界には複数の種族が存在する。

 エルフ、ドワーフ、猫耳としっぽを持つキャトがいる。

 俺と同じ種族はネモッドと呼ばれている。普通、異世界作品では人族とかヒューマンとかそういう呼び方なんだが、ここは変わっているな。

 スキルと異種族とくれば、忘れちゃいけないのが冒険者だ。


 この世界にも冒険者はいる! 冒険者ギルドに所属し、魔物の討伐や、迷宮と呼ばれる古代文明の遺跡を探索をしたりして生計を立てている。

 良いぞ良いぞ! まさしく異世界ファンタジーだ! こんなにワクワクで興奮したのは久しぶりだ。

 とにもかくにも異世界に来たのなら冒険者にならないと!


 目の前の街にギルドがあると良いんだが。

 ガイドブックによればあの街はアトラックという名前で、冒険者ギルドの支部もある。

 やったぜ! スキップしそうになる気持ちを抑えながら、俺は街へと向かう。

 入り口にはやる気のなさそうなネモッドの男が門番に立っている。


「こんにちは」

「ああん。なんだ?」


 門番の口から発せられたのは日本語だ。異世界に日本語なんてあるはず無いから、きっとアカシックからもらった腕輪が自動翻訳してくれるのだろう。すごいなこれ。


「街に入ってもいいか?」


 門番は俺をしげしげと見つめる。学ラン姿だから奇異に見えるのだろう。


「妙な格好だな。よそじゃそんな服が流行ってんのか?」

「ははは」


 実は別の世界から来たんですよ、と言っても信じてもらえないので俺は適当に茶と濁す。


「ま、入って構わんけど、悪さはするなよ」


 特に審査もなしにすんなりとアトラックに入れた。

 まず俺は門番に武具屋の場所を聞いてそこへ向かった。


「らっしゃい」


 無愛想でいかにも頑固そうな店主はヒゲモジャで背の低いおっさんだった。多分ドワーフだろう。

 ドワーフの武具屋! ああ、どうしよう! 気を抜くと顔がにやけてしまう。


「剣がほしい」

「好きに選びな」


 ドワーフはぶっきらぼうに言う。

 改めて店内を見ると、西洋剣だけでなく刀のような剣もあった。


「変わった剣を置いているんだな」

「5年前に魔王を倒した本物の勇者がそういう剣を使っていたらしい。それでゲン担ぎに欲しがる冒険者が増えたんだ」


 本物の? ということは偽物もいるんだろうか。

 まあそれは置いといて、俺は刀風の剣を選んだ。

 俺は元の世界で親戚から少し剣術を習ったことがあるので、こっちのほうが使いやすいのだ。

 店には鎧もあったが動きやすさ重視で買わない。不死能力のイモータルEXがあれば防具は不要だろう。


「まいどあり」


 店主に代金を支払ったあと、俺はいよいよ冒険者ギルド支部へ向かった。

 支部内では大勢の冒険者がいた。種族はざっと見た限りだと、ネモッドが一番多いかな?

 職員が働く場所の隣には酒場もあり、クエスト帰りの冒険者たちが祝杯を上げている。


「冒険者の登録をしたい」


 俺は手隙の職員に話しかける。


「ではこちらの書類に名前を書いてください」


 羊皮紙かと思いきや普通の紙だった。製紙技術はそれなりにある世界らしい。

 意思疎通の腕輪のおかげで、俺が日本語で書こうとすると腕が自動的にこの世界の言語で書き込んでくれた。


「コウチロウ・ツカツキですね。では〈神の瞳〉でスキルの鑑定をさせてもらいます」


 職員は片眼鏡のような物を取り出すとそれ越しに俺を見る。


「そんな、スキルが一つも無い?……」


 その事実に俺は心当たりがあった。

 アカシックはC.H.E.A.T能力を”異世界では本来存在しない能力”と言っていから、鑑定結果に出てこないかもしれない。

 あるいは、始めからC.H.E.A.T能力は認識されないよう細工を施されているとも考えられる。

 アカシックは本物の異世界冒険が見たいと言ってた。だったらあのイベントを起こすために、C.H.E.A.T能力を隠すのは当然だ。あれは異世界ファンタジーの定番だもんな。


「ま、まあスキル無しでも努力次第で活躍できますよ」


 職員は引きつった笑みを憂べながら慰めの言葉を口にする。

 そこに低知性のダミ声が響く。


「んなわけねえだろ、スキルなしの無能なんざ永遠に底辺だよ!」


 声の主は品性が欠落してそうな中年冒険者だった。

 あからさまにバカにされた俺だが、内心ではニヤリと笑っていた。

 まさかこんなに早く、こういう奴が出てくるとは。俺はなんてラッキーなんだ。


「カマッセ・イヌーさん、またあなたですか」


 また、というあたり、男は何度か問題を起こしているようだ。ギルド職員はうんざりとしている。


「冒険者なんかやめとけ。ゴブリンの餌になるのがオチさ」


 カマッセがガハハと笑う。酒臭っ! かなり酔ってるな。

 俺はカマッセを見上げて言う。


「なあお前、なんで人に中指があると思う?」

「ああん? 知るかよ」

「それはな、テメーみたいなクソ野郎に向かっておっ立てるためだよ、ファッキュー!」


 俺は両手の中指をこれ見よがしに立ててやった。

 直後、カマッセが唖然とした顔になる。

 あれ、なんか思ったのと反応が違うような……ってここ異世界じゃん! 中指を立てるのは侮辱のサインって文化が無かったら無意味じゃないか!

 うわー! 俺やっちゃったかも!


「な、な、舐めやがって!」


 幸いに異世界でも中指を立てるのは侮辱行為だったようだ。反応が遅れたのは酒で判断力が鈍っていたからだろう。

 カマッセは怒り心頭で拳を振り上げる。


「ぶっ殺してやる!」


 よし! あとはこいつをぶちのめすだけだな!


●Tips

アカシック

 異世界ファンを自称する謎の女性。

 本物の異世界冒険を見るためにC.H.E.A.T能力を開発し、考知郎に与えた。

 その正体は■■■■■■の出身者で、■■■■■■■■■■■られる■■■■■■■■を■■■■できる人物。

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