第十話 I FOR YOU CUZ YOU FOR ME.
1 餓鬼道。
「隼人、早く
(…………)
隼人は自身が作り上げたこの無機質な荒野で、自身の手により地に伏せた勇吾を、見下ろしている。
彼の【ナビゲーター】セリナは隼人を想いはするが、隼人が想うモノには無関心だ。彼女が関心を持つのは、想う事柄が生み出す隼人への影響である。
だから隼人に、行動を急かす。
(こんなもんかよ? 勇吾)
隼人は飢えていた。自分を満たすものに。
それは繋がりかもしれない——だからグループを作った。間違いではなかった。でも足りない。
それは女かもしれない——だから抱いた、あらゆる女を。正解だった。でも、足りない。
金かも知れない——そうだった。でも足りない。
刺激かも——そうだ。だが、足りない。
足りない。何もかもが足りない。
しかし、この世は全て、中途半端だ。中途半端に自分を満たし、中途半端に飢えさせる。なのに、
それらを喰らい、昇り続けた。
だが飢えと乾きは増すばかり。
反吐の様な価値観で渇きをしのげる、そんな奴らを
だから勇吾を待った。
半端な勇吾が完全に成るのを。
それが
黒岩を見た時にも、もしかしたら、と思ったが、違った。
隼人にとっての人間は、存在しなかったのである。勇吾を除いて。
だがしかし、勇吾も人間ではなかった。自分と似た、違う生き物だ。
「勇吾ぉ、もっと頑張れよ? 今も期待してんだぜ俺は。お前がすぐに立ち上がってよ、俺に一泡吹かせてくれんのを。終わり、じゃあねえだろ?」
「はや、と」
「やっと俺は本気になったんだ。ようやっと俺自身が、俺に着いて来れるようになった。この【ステータス】ってヤツでな。だが、そのせいで俺のステージまで登って、昇って来れるヤツはますます居なくなった。
勇吾の手袋越しの指先が地面を掻き、両手を握る。
立ちあがろうと、する。が、立ち上がらない。負傷によるものではない。既に治りかけている。
「——まさか諦めた、とか言わねえよな? その【ヒーロースーツ】が泣くぜ? どんな理不尽にも諦めねえのがヒーローだろ? なんで俺程度のヤツにやられて、どいつもこいつも諦めやがるんだよ? 頑張れよ? 諦めてんじゃねえよ? なんで皆んなそこそこで辞めて、最後までやらねえんだ? おい勇吾! どうなんだよ!? お前は違うってトコを見せろよ!? お前だけが俺と同じってトコロを見せろよ!? 俺と同じ人間だろぉがッッ!!」
隼人を不安にさせる感情、それは、絶望、だった。恐怖すら感じている。
理解者はできた。セリナである。
だが、人間ではない。人形だ。
物凄く人間くさい人形。自分にしか見えない生物。ナビゲーター。
それで良いとも思った。誰であれ、何であれ、自分を解ってくれるのならば。
しかし、長年続いたその空虚は、欲求は、不満は、嫉妬は、一つのきっかけで、一つの充足だけで、満たされるものではない。
やはり
なのに、
隼人のフラストレーションは、先ほど勇吾が感じた喪失感を遥かに、上回っている。
「おまえは、なにも、かんじねえ、のか?」
「……何がだ?」
「この街は、俺らが居た所とは、ちげえ、が、それでも似た様な街だった。ぶっ壊れたこの有り様を見て、どう、思う?」
「気の毒、だよなぁ? それぐらいか? 強いて言うなら、ココに在る街の方が悪い」
「……」
「おいおい? まったく、余計なモン考えてんじゃねえよ。もっとよ? 楽しもうぜ? なあ、お前は俺と、同じ気持ちだろ?」
「ちがう」
「あ?」
勇吾が立ち上がる。ゆっくり、ではない。
戦闘時の速度と同じだ。油断などする余裕はなく、立ち上がる隙すら見せる気はない。
隼人が対話を望んでいようとも、それは単なる気まぐれだ。
「お前と俺は違うんだ。当たり前の事だぜ」
構えた状態で隼人に
ヘルメットの下にあるその表情を窺える者は、誰もいない。
「……ああそうかい。薄々わかってたんだよなぁ……くそ————じゃあ、死んでくれ」
言葉をその場に残し、勇吾の
それがまた二つの影に戻る時——。
勇吾の上半身が浮いたまま、下半身だけが倒れる。
そのコスチュームは裂かれてなどはおらず、綺麗に切られていた。しころの持つ壊さずに切る、という特性から解き放たれ、その切り口から血液も含めた内容物が飛び出した。
腐敗臭とアンモニア臭と生臭さが混じり合い、辺りに漂う。
「じゃあな」
隼人がその脇を通り過ぎる。
もはや興味を無くしていた。
「まて、よ? 死ん、で、ねえ、ぜ?
「知らねえよ。死ね」
空間は依然、断ち切られたままだ。
隼人はただ待つのみである。終わりを。
「せめて苦しめ。それが罰だ」
罪深き行いをしたのは隼人の方だ。普通ならば。
しかし隼人にとっての罪は、自身を失望させた勇吾にある。同情の余地すらもない。
——————隼人が顔を上げた。
「ああ、あんたか」
隼人の視界に居るのは、シン、だ。
「……良いのかい? 勇吾くんをそのままにして」
「ああ、誰も手ぇ出せねえからな」
勇吾の両半身からはもう、何も伸びてはいない。そして、その下半身は何も、寄せ付けない。風が吹こうとも、埃一つもかからない。
「なるほど。俺の『手』でも、彼の下半分を引っ張る事はできないってワケだ」
「そーゆー事。で? あんたはどうする? どうせあんたも違えんだろ? そこの落ちこぼれと、おんなじで」
「ずいぶんと投げやりだね? せっかく俺が来たっていうのに」
死にゆく勇吾を前にして、それでもシンは隼人を誘っている。
「……スカしてんじゃねえよ」
「やっぱり、わかるかい? 俺がムカついてるって事に」
「ああ」
「じゃあ、コレも、理解できるね?」
「?」
隼人は気づけなかった。
自分に【経験値】が入るまで。
シンの持つ、【
勇吾の外観は変わらない。
空気の牢に封じられた下半身と、その近くに横たわる上半身が、あるのみである。
わかりづらい方法で止を刺した、と解釈できた。
「何してんだてめえッッ!?」
「素直になったね?」
衝動的にシンに飛び掛かる。
だがシンは、それよりも速く移動した。
「——!? なんだと」
「知ってるかい? 人間よりも、この雑魚モンスターの方が、かなりレベルアップしやすいんだ。キミは今、幾つ上がった? 一とか二ってところだろう。こんなに大量の【経験値】が入ったっていうのに」
隼人は空気の壁を作り出す。
シンの周りに。
自分が攻撃を加える部分だけを残して。
そこへ向かう。が——。
そこからシンが飛び出している。
シンの頭が、隼人の腹に、めり込んだ。
「かっ」
隼人が吹っ飛ぶ。
「冷静さが足りないね? でも無理もない。俺に、ムカついていたんだから。直接真正面から殴りたかったんだろう? 俺も同じだ」
その通りだ。「しころ」を使えば、空気の壁ごとシンを、切り裂く事ができる。なのにそれをしなかった。
直接拳で潰したかったからである。
「ところで、ステータスの上昇率は、素体の強さも関係しているらしい。この【レッサーウルフ】はステータスの数値がかなり低い。だけど、俺は常に、人間以上の強さを、この肉体に反映させている。言ってる意味、わかるかな?」
隼人は、理解した。
自分は普段、肉体の元々の強さにステータスを載せている。自分は元々強いし、【上級職】のステータスは、レベルが一上がるだけでも相当に上昇する。だから必要性を感じなかった。つまり
少し考えれば、自分にもできた事である。
シンは「かなりレベルが上がりやすい」と言っていた。そして「人間以上のステータスを反映させている」とも。
——こいつ、そんな理由で犬なんかになったってのか?
「世の中には色々な仕組みや決まり事がある。だがどんなモノにも、設定の穴はあるものさ。キミ達が普段やってる事と、同じだよ。まぁ俺はギリギリホワイト、グレーですらない。やってる事は、健全だ」
隼人の言い分と同じだ。自分をまともだと云っている。
「俺はね。誰かを傷つけた時、その人に怨まれてしまうと思うんだ。正直、凄く怖いよ。ただ一方で可哀想、程度にしか思えない自分もいる」
隼人が向かう。
シンが飛んだ。
上には空気の壁がある。
だが空中を直角に曲がる事でシンは、それを避け、着地する。
隼人は追っていない。
嫌な気配を感じたからだ。
隼人が向かおうとした先の空気が裂けている。そんな音が聴こえた。
もちろん隼人は移動しているので、その見えない爪による被害は受けていない。
「——それはね? 違う生き物に対する同情、と言い換えても良い。気の毒なんだ。可哀想で見ていられない、でも、それだけなんだ。キミはどうだい? 誰かわかってくれる人は、いるのかな? 自分のナビですら共感できない、そんなモノを」
「……へっ、俺のやつは、解ってくれてるぜ? 解った上で、従順だ。最高だろう?」
隼人の傍らにはセリナがいる。
「そうかい、得した気分だ」
「何?」
「だってそうだろう? 俺の方が『いつかわかってもらえる日が来る』っていう、夢を見る事ができる。俺の方が幸せだ。その点で、俺達は違う」
「何が言いてえ?」
互いが互いを睨み合う。
「キミは不幸だ。ただの
隼人はシンに、自分の内面を明かしてはいない。なのにシンは「飢え」という言葉を使った。
隼人の心が揺れる。
「犬っころに言われたくねえな」
「上手い返しではないね? そこは
「ああ?」
「だが、俺達が似たモノである事に変わりはない。キミが俺に感じるソレは、同族嫌悪だ。だからこそ、ワクワクしないかい? 俺はキミを、喰ってみたい——」
シンの目が、細くなる。
「これは【魔物】なんてのとは、関係のない、俺の本能だ。心の底から憎く想うキミを、この手で殺したのなら、何かが変わると思うんだよ。キミは、どうだい?」
「……さっきから、うるせえな。だが——」
隼人の顔から、喪失が消えた。
「ユンギじゃねえが、俺もてめえを、煮て、焼いて、食ってやろう。今までそんなの、した事はねえがな。くく。なんだよ、あんた。あんたみてえな奴も、居たんだな? こんな世の中でもよ?」
隼人は生まれて初めて「共感」した。「道」は違えど、同類と呼べるものに、出逢えた。
此処に、飢えた
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