5 温度差。
ビル達の残骸がアスファルトの大地を埋め尽くす、そんな荒野。
空中で未だ落下運動を続ける
肉が
(へっ! 今更こんなモン、痛くもなんともね——)
「勇吾! ヤツから目を離すな!」
鉛玉を摘み出した勇吾は、自身の【ナビゲーター】ライオウの声で、隼人へ視線を戻した。
——なんだ? 手元が見えねえ。
隼人の右肩から左腰にかけて、奥にある背景が透過している。まるでその部分だけ透明な布で覆われているように。
ドッタァーンッ!
また乾いた音が鳴った。
勇吾は「嫌な予感」がする方向へ左手を動かし、それを払う。
中指から小指にかけてが、吹き飛んだ。
(っ
盗賊系
だが中級の場合、特殊効果のあるものはステータスの反映が薄く、多くのステータスが付与されるものはシンプルな威力を誇る。そういった「道具達」が、混在している。
今隼人が使用しているのは「
片手で持てる小型の火縄銃である短筒には隼人の【力】が反映され、マグナム銃を超える高い威力を発揮し、九十センチ程の布——三尺手拭いにはステータスが働かないものの、覆ったものをこの世界から隠す機能が備わっている。様々な用途に応じて使い分けられる「特殊な道具」、それが中級忍者セットが【Bランク】である
街を破壊した同じくBランクの【
短筒の鉛玉が放たれるタイミングと部位を【運】である程度予測できる勇吾ではあるが、それでも見えない攻撃と云うものは、大きなストレスだ。
勇吾は肩と左手が治り切る前に、左手の残った指で肩口の傷を利用した【アイテムポケット】から、残りのパチンコ玉を取り出した——そして、投げる。
隼人は三尺手拭いを消し去り、「
パチンコ玉が、空間に固定、されている。
この現象こそが、隼人が空中で横に移動できた理由である。
手甲鉤や「
その事実に怯まず勇吾は、先ほどオートバイ上で見せたように【アイテムポケット】から2リットルのコーラを取り出し、ペットボトルに、歯を立てた。急速に中身が勇吾の体内へと移動し【
隼人は隼人で、左手の短筒を手放し
これも中級忍者セットの一部だ。
——変身!!
沢口との戦闘で口に出さなかったセリフを勇吾は、心の中で唱える。
勇吾の全身が再び水色のゴツゴツしたコスチュームに包まれた。
隼人の意識を一瞬だけ飛ばした事で【レベル】が上がり上昇していたステータスが、【ヒーロースーツ】の効果により、更に増幅される。
「へへへ、ダセェ装備だが勇吾ぉ? お前が着ると、カッコよく見えんな?」
隼人が左手の猫手を振るった。
固形化された「空気の
勇吾は前方へ大地を蹴った。
石の礫が空気の礫を阻み、自身は後方へ移動している。
タァーンッ。
短筒の鉛玉が向かい来る。
右手の内受けで、それを払った。
右腕は損耗するが、上昇したステータスにより、その傷は小さい。
勇吾が
——が、隼人はいない。
勇吾の左に衝撃が走る。
隼人が勇吾を蹴っていた。
三尺手拭いのサイズは、隼人の全てを隠せるほどではない。だが、その一部でも隠されたのならば、通常よりもかなり、見えにくい。
【素早さ】で勇吾に優位を誇る隼人には、それだけで十分なのだ。
しかし勇吾も脚と腕で防御している。
風切り音と
だが、脚で防御する、と云う事は、片足で立っている、という事。
そこへ隼人が足払いを掛ける。
勇吾は堪えようとせずに、跳んで、その転倒を加速させた。
「シィィィィィィッッ!!」
防御に使った左手を手刀へと変え、隼人に振り落とす。
隼人が手甲鉤で空間ごと、それを止めた。
そのまま猫手で切り裂き、固まった空間を至近距離で放つ。
勇吾の着るコスチューム全体に、大きなヒビが細かく入った。
が、隼人にも、勇吾の前蹴りが伸びている。
手甲鉤による防御と猫手による攻撃の穴を突かれ腹に受けた衝撃で、隼人が後方へ吹き飛んだ。
しかし、短筒を放っている。
勇吾の腹にもヒビが入った。
二人が再び構えた時、お互いの傷は修復されている。
——キリがねぇ!
隼人も同じ感想を持ったらしく、目を細めて笑っている。
「くくくくくく、勇吾、楽しいよな?」
「……そうかも、な」
確かに、楽しい。
金だとか責任だとか、そう云うものから、ただただ解き放たれて行われる自分達の、この娯楽。街全体を巻き込んで人々や施設に壊滅的なダメージを与えても尚、そういう感想が生まれる。
——しかし、やはり、それだけではない。
純粋に楽しんでいた先ほどとは打って変わって「余計なモノ」が、勇吾の中で生まれ始めていた。心の内に隠されていた自身の望みが叶った途端に、そういうモヤモヤが生まれてくる。
勇吾はまだ、その正体を知らない。
そして、それは今この場に於いては、雑念でしかなかった。
「なぁ? なんで俺がお前に組み付いた時、お前を殺さなかったか、わかるかい? 何故大人しく、お前の頭突きを受け入れたのか」
「あ? 俺を舐めてたってハナシだろ?」
「そういう事さ。今、ようやく俺たちは対等になった。ああ、お前はその装備の恩恵を受けて、だけどな?」
「お前のそのこすい武器は違えのか?」
「違えな。コイツらを使った方が楽しむバリエーションが増える、ただそれだけ。お前とやり合うだけなら、この身一つで
「何が対等だよ? まだ舐めてんじゃねえか」
「舐められる方が悪いんじゃねーの?」
「そういう部分は気が合うな」
「何言ってんだよ? 昔から気が合ってたから親友なんだろ? 俺たちは」
「今は違う」
「なんだよなんだよ? 嬉しくて舞い上がってるのは俺だけってか?」
「気色悪い事言ってんじゃねえ」
「くくっ。ふふ、あはははっ——さて、ギアを上げるぜ? 頑張れよ」
その温度差が、二人の実力に、開きを作る。
隼人が消えた——いや、動いた。
会話と行動の緩急により、勇吾には何もない空間から視えない礫が飛んでくるように感じる。運を頼りに躱した。
ギャリィィンッッ。
音へ向く。
隼人が居た。
手甲鉤を宙空に引っ掛けてブレーキをかけている。
だがまた視えなく——は、ならない。
隼人の移動距離に対して、勇吾が向きを変える距離は短い。その差が辛うじて隼人を追う事を許していた。
隼人が次々と何かを投げる。
隼人の武器、初級忍者セットだ。体感的に何もない所から現れた
速すぎるのだ。
勇吾は
ギャリィイイッ——。
隼人が居る。
先回りされていた。
武器の切り替えが早すぎる。
勇吾は、透明な壁に、ぶつかった。
ヘルメットが、コスチュームが、
速度による空気の壁ではない。
隼人の手甲鉤だ。それが空気を固め壁を作り出した。
隼人が寄る。
しころで、空気の壁ごと切り裂いた。
勇吾の腹も斬り裂かれる。
焦げ臭い匂いを感じた時には既に、勇吾は後ろへ引いていた。その匂いの元は隼人のジャージだ。空気の摩擦、というよりも、あたりに舞う粉塵との摩擦によるものである。
隼人の【素早さ】とその速度の関係から、空気摩擦で上昇する温度は三、四度程度だ。ジャージを融かすのは空気以上の抵抗を持つ物質によるものだった。
勇吾にそんな事は重要ではない。
辛うじて躱す事はできる。
反応、できる。
だが、知覚だけでは捉えられない。
反射で対応するぐらいでないと、隼人に着いていけないのだ。
何かがヘルメットの頬部分を奪い去る。
その後発砲音が鳴った。
短筒。
空気抵抗で軌道が逸れたようだ。
それでも衝撃が、皮膚の表面を抉っている。後から感じた熱が、それを報せた。
腹に細かな衝撃——空気の礫——猫手。
そして痛み。
隼人の蹴り。
衝撃——防御に使った脚の関節達が軋む。
反撃——手応えを感じた。
隼人だ——爪だ。躱す。
反撃。躱された。
鉄拳。受け止める。
カウンター。
衝撃。
蹴り。
防御。
殴る。
いなされる。
拳。拳。拳。
隼人。隼人。隼人。
爪。
赤。
痛。
脚。足。
衝撃。
音。
熱。
匂い。
隼人。
爪。脚。低。
跳。蹴。
鉄拳。受。反撃。反撃。回避。詰。拳。掌。蹴。蹴。受。拳。避。隼人。爪。弾。音。撃。隼人。隼人。隼人。隼人。隼人。
そして————地面。
いつしか勇吾は、地に伏していた。
——やっぱり何が、対等、だよ……。
じゃっ。
伏せたままの勇吾の眼前に、隼人の両足が降り立っていた。
第九話 BURN OR NOT, IT’S UP TO YOU. 終わり。
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