2 窪塚悠月は目を瞑る。

 くぼづかづきは目をつむる。


「悠月くん! このヒト達は大丈夫!」

(おーけー。ありがとう、『デメキン』)


 は悠月の【ナビゲーター】だ。シュモクザメのように横に目が飛び出た外観を持つ、小型犬ほどの大きさの魚。名を得たのはさくじつである。

 悠月は今、デメキンに視覚を繋いでいた。

 繋がるデメキンは悠月が乗る軽自動車の周りを飛び回り、周囲の他の車や、こちらを見る人々を警戒している。

 車のハンドルを握るたかむらかおるは、悠月に自身の上着をかぶせて、運転に集中している。

 頻繁にすれ違う自動車事故。他人事ではない。

 むろん、その事故は悠月が引き起こしたものなのだが。


「あのヒト達は——あっ! 武器を出した!」

「……、本当におおいよね。わかった、タイオウする」


 悠月の両手の指達がぴくりと、わずかに動いた。

 車両周りに展開された髑髏どくろ達の吐く黒閃が、その者達を射抜く。その車両が柚木たちが通り過ぎた分岐点にあるクッションドラムに衝突し、停まる音が聴こえた。


「きゃっ! また!?」

 

 薫の声に悠月は反応せずに、ただただ眠る演技を続ける。


「守るって言ったのに、全然起きない。ふふっ、子供らしいんだか、図太いんだか」


 薫の自分に対する陰口は悠月にとって重要ではなく、今は薫を護る事こそが、悠月の最優先事項だ。

 

 悠月に三人分の【経験値】が入る。


「今のは……運転手が728、助手席のが千487、後ろの人が——」

(いいよ、いちいち数えなくて)


 悠月の【レベル】は上がらない。

 Aランクの装備【亡骸達の遺産テイルズ オブ テイルズ】を獲る為に【福引券ラッキーチケット】を使った代償だ。悠月がレベルアップする為には、あと22万4千779の経験値が必要である。

 積極的に「狩り」をするつもりのない悠月にとっては、どうでも良い数字だった。


(今のヒトたち、シんだのかな……)

「悠月くん、犬のお兄さんに言われたこと、気にしてるの? 大丈夫だよ、死んでたとしても、悠月くんは悪くないから。悠月くんは先生を守った! つまり、良いこと!」

(……いいこと、ではないと、思う。でも、やらなきゃいけないこと。これが、『人のイタミを知る』ってことか)

「そーそー! 自覚が有れば、大丈夫!」

(そうじゃない気もするけど、今は、それでいいや)


 悠月は警戒を続ける。

 そして悠月を乗せた車両が停まった——。


「あー、んん! やっぱり混んでるかぁ……」

 悠月達を乗せた車両は、カナとの合流地点の手前にあるきょうりょうに、たどり着いていた。

 悠月は目を開ける。


「ジュータイ?」

「ううん、渋滞って程ではないけど……」

「しかたないよね。僕はへーき。先生、ごめんね? ホントだったら先生、もうあっちガワに行けたハズなのに」

「え? う、うん。まぁそうなんだけど……あ、いや違う! ごめん! 悠月くんはそんなの気にしなくて良いから」

「ふふ、ホンネが出たね。だいじょうぶ、僕は気にしてないから」

「悠月くん……」


 自分を迎えに行かなければ薫が遅れる事はなかった、それは事実。それでもその本音の後に、それをすぐに否定した薫の気遣いが、嬉しい。


 ——昨日までの自分では気づけなかったコト。


 悠月はこの危機的な状況下で成長する自分を、実感していた。

 レベルなどは関係ないのだ、ヒトの強さには。


(——ってアレ? デメキン? あれ見える?)

「ん? おお!? アレは昨日の、犬のお兄さんだね? ナニしてるんだろ? あんなところに浮かんで」


 橋の上に浮かぶ犬、三神シンは、歯を食いしばっていた。前脚の付け根の毛皮が、ちぎれんばかりに伸びている。橋から上方にそびえる柱から垂れ下がるハンガーロープが少し揺れるたび、シンの身体も同じタイミングで微動していた。


 ——きっと、このハシが、アブないんだ。


 悠月は助手席のドアを開けて、車両から降りる。


「悠月くん!? どこへ行くの?」

「ごめん、先生。ちょっとオシッコ」


 そう言って悠月は道路脇にある適当な草むらへ行き、シンに【念話】を繋げた。悠月はチュートリアルでもレベルが上がっていないので、持っている【スキル】はこの一つだけだ。


「犬のお兄ちゃん、大丈夫?」

『ゆ、づきくん? キミも、ここまで来たんだね? カナちゃんは、橋を渡ったあっち側に、いるよ』

「うん、しってる」

『ふふ、そうかい。ところで、ココを渡るのはあんまりオススメできない。そろそろ、限界が、近い』

「どっちの?」

『両方、かな? 俺も、かなり、疲れてるし、橋よりも、今俺が掴んでる地面の方が、ヤバいんだ。やっぱり素人が浅はかな考えで思いついた事は、するべきじゃないね』

「そうなんだね。ちょっと待ってて」

『え?』

 

 悠月は亡骸達の遺産テイルズ オブ テイルズ、その場に展開する——。


『何を、する気だ?』

「コレで僕のだせるドクロはゼンブ。テキトーにうつだけだから、むずかしく、ないよ」


 悠月は両手を前に出し、ピアノの鍵盤を弾くように、五指を動かした。

 橋を渡ろうとする車両達を避けるように、複数の黒いビームが連続して、バラバラに、照射される。

 アスファルト達は焼け焦げ、河川の周りにある草たちにも火がついた。


 大勢の大人達の、甲高い声が、鳴る。

 橋の手前にいる車両達は我先にとその場を離れて迂回する事を選択し、橋の上にいる車両達はその速度を上げた。


『ぐ……! なに、を!?』

に火がついたら、みんな、あわてるよね?」


 車両達が減ってゆく最中にも、髑髏達は黒い吐瀉物を吐き続ける。橋へ近づこうとする者達は、もういない。

 薫がこちらに走って来るのが見える。


「悠月くん!? 危ないから行きましょう!?」


 悠月は薫を無視して、シンに語る。


「犬のおニイちゃん。マチがたくさんコワれてるの、おニイちゃんの、せい?」

『……似たような、もん、だね』

「これからマチに、もどるの?」

『ああ……』

「てつだおうか?」

『だめ、だ。キミは、戦うべき、じゃない』

「でも、お母さんや先生が、アブないめにあうなら、僕はたたかう」

『……』

「僕ね、わかったんだ。ヒトをきずつけるのはダメなこと。でも、きずつけられっぱなし、だとか、タイセツなヒトがきずつけられるなら、ほっといたらダメなんだって」


 悠月の前には既に薫がいる。しかし悠月は薫に声をかける事はせず、淡々とを続けた。薫もその内容に耳を傾けている。悠月の念話先に居る、シンのように。


「僕がだれかをコロしたなら、お母さんや先生が、かなしくなる。それでも僕は、僕がかなしくならない、ソッチのほうを、えらぶんだ」

『……俺は、反対だ。でもキミが、俺の言う事に従わなければならない義務は、ない。好きにしろ、とは、言わないけど、キミが選んで、決めると、良い』

「うん、そうするよ——先生、クルマ、ゼンブ行っちゃったね? ドクロももういないし、僕たちも行こうよ?」


 悠月は念話を切って、薫に向いた。


「悠月くん? もしかして、あなた……」

「ナニ?」

「ううん、なんでもない。そうね、行きましょう」


 薫は悠月を連れて軽自動車へと戻り、とした橋の上を、走り抜ける。


(ねえ、デメキン?) 

「何?」

(なんとなく、だけど、今のこれ、ハヤトお兄ちゃんがやってると思うんだ)

「んー? なんで?」

(だから、なんとなく)

「ふーん、悠月くんは、どうしたい? 犬のお兄ちゃんと、ハヤトお兄ちゃん、どっちの味方?」

(わかんない。わかんないから僕は、お母さんと、先生のソバに、いようと思う)

「うん、それが良いんじゃない? 戦わないのが一番!」

(とりあえず、このハシ、もういらないよね)


 悠月は橋を支える柱に向かって、髑髏十体分の光線を全て放つ。


「先生、アブないから、スピードあげよう?」

「え?」


 バックミラーには、今通り抜けた橋の中間部分が、少しずつ沈んでいく様子が映っていた。


「何!? なんで!?」


 薫はアクセルを踏む。


 遠ざかるシンが向こう岸へと降りて、橋から解放される姿を確認できた。


 ——おニイちゃん、シなないでね……。


 それは、どちらへ向けた言葉なのか。


 悠月にはもう、わかっていた。


 

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る