第九話 BURN OR NOT, IT’S UP TO YOU.
1 運転者。
「もしもし、はい。今出るところです。ええ、
公営住宅が立ち並ぶ地区の、アパートの一つ。その駐車場で、軽自動車の赤とオレンジのランプが、チカチカと光る。
スマートフォンを耳に当てる女性は
悠月は外から聴こえる薫の声を、車両の助手席で、黙って聞いていた。
「いえいえ、とんでもありません。私を頼って下さって嬉しいです。はい、では責任を持って悠月くんを市外までお連れします。ええと、
———!
母親の居場所。悠月の気になる事柄だ。
今、街中で、大きな音が至る所で鳴っている。きっとこの街は危険な状態なのだろう。だからこそ薫は、悠月を迎えに来た。
しかし、悠月は自分の事よりも母親であるカナの事の方が心配なのである。担任に頭を下げて悠月を託した、カナの事を。
「そうですか、わかりました。では橋を渡った先で、合流しましょう。ええ、山側にある大きな橋です——」
どうやら母親は無事のようだ。橋を越えれば会えるらしい。
悠月は安心した。
「大丈夫です。悠月くんは私達が思うよりもしっかりしています。今もホラ、車の中で大人しくしてますよ——」
薫が助手席の悠月にチラッと目をやった。
悠月は薫に目を合わせながらぺこりとする。
悠月は大人を小馬鹿にするような子供だ。しかし、自分の母親と自分の担任は尊敬している。というか、好きだった。自分の話に耳を傾け楽しそうに笑ってくれる、二人の大人が。
悠月の脳裏にもう二人、大人の顔がよぎった。一人は
バタンッ。
軽自動車の運転席に、薫が座った。
「悠月くん、もうすぐお母さんに会えるからね?」
薫が悠月に笑いかける。しかし、作った笑いだ。眼鏡の奥にあるその目が、笑っていない。
実際の今の街の状況が、笑えないものであるのだろう。でも悠月にはそんな事は教えなくていい。ただ母親の元までドライブに行く、そう思わせたいのだろう。
悠月はそんな薫の心の裏側までをも理解していた。
「先生、だいじょうぶ。こわくないからアンシンして」
「——! ぷっ、ふふ。そうよね。怖くないわ。だから、大丈夫よね」
薫は顔に掛かった髪を耳にかけ、もう一度笑った。もう一度「大丈夫」と呟きながら、頷きながら。
「先生、サクヤは、どうしてるのかな?」
サクヤとは、悠月が万引きをする時に「受け子」として使った少年だ。
「サクヤくんも大丈夫よ。他の子達も、皆んな大丈夫。あとは私と悠月くんだけよ。早くしないと遅刻しちゃう」
あくまでも薫は、悠月に隠そうとする。
「……そうなんだ」
悠月はサクヤが無事な事に、まず安心した。だがそれよりも——。
——そうか。この先生は自分を迎えに、わざわざ避難先から戻って来たのだ。だから自分と一緒に、遅れている。
悠月はそんな憶測を立て、そして、一つの覚悟をする。
悠月はシンに「人の痛みを知れ」と言われた。自分勝手に他人を傷つける事はとても悲しい事だ。自分がされて嫌な事は相手も嫌だ、そういう事。
——ならば、自分がされて嫌な事を、別の誰かがされそうになったなら?
答えは決まっている。
「だいじょうぶ。先生はボクが、僕が、
悠月は薫に見えないように自身の【装備】である、【
「ふふ、頼もしいわね、悠月くんは。先生もしっかりしなくちゃね」
発進する軽自動車の灯りが民家の壁に当たり反射して、薫のストレートな茶髪を揺らす。その唇のてかりと白い歯を見た悠月は、手をより一層強く、握りしめるのだった————。
「——もう!」
オレンジ色の街灯達と
その運転席に座るのは
「なーに毒づいてんのよさ?」
亜美の【ナビゲーター】である、頭部を包帯でぐるぐる巻きにした黒い小熊が、けらけらと笑った。
(毒づいてなんかいないわよ! ただムカついてるだけ!)
「それを毒づいてるって言うんだわさ。ま、腹が立つのも無理ないさね」
亜美は隼人にドライバーとして使われていた。勇吾が放った瓦礫の雨に対しても、人間を超越した【ステータス】と持ち前の反射神経で、致命的なダメージを避けていた。なのに——。
(あいつ、『足手まといだ』とか言いやがったのよ!? ムカつかないわけないじゃない!!)
ヴウォン、と厳つい顔のミニバンが、唸り声を漏らす。
「良いじゃないのよさ。アタシらは、のんびーりコツコツと、狩りを続ければ」
(こんな車で!? 冗談じゃないわよ!!)
「まあまあ、丁度いい所に、『フクメン』だわ」
(ん? あらホント——)
急に亜美の思考速度が周囲と一致した。たった今すれ違った対向車に乗る者の【スキル】によってステータスが無効化された為である。この急激な体感の変化に亜美が平気でいられるのは既に慣れてしまっているからだ。
『そこの赤いミニバンの
シルバーのスポーティセダンがUターンして追って来る。屋根に格納していた反転灯を露出させ、亜美に停車を促していた。
「さてさてアミちゃん、どうするのよさ?」
(相手はお
亜美を乗せたミニバンは徐々に、スピードを落とす。ブレーキランプが故障している為、左のランプだけが点滅していた。
覆面パトカーもミニバンへと近づき、二つの車両が今、停車するかという時——。
ミニバンから、缶詰めのような円筒形の何かが複数、路面で金属音を鳴らしながら覆面パトカーの下へ転がり、そして、炸裂した。
ズズンッッ!!
急速に酸素を消費する爆風はパトカーを呑み込み、浮き上がらせて、吹き飛ばす。
それに対し、今、亜美が使用した「攻撃手榴弾」は熱や衝撃波によって標的に損害を与えるものだ。爆風は障害物の裏まで回り込む為、その攻撃を防ぎ切る事は、極めて困難である。
「入った入った【経験値】! 他人を『保護する』なんて言う前に、自分の身をちゃんと守れっつーのよ! あは! あはは! あははははっ!!」
手榴弾が炸裂する直前、再び急発進していたミニバンに、爆風による被害はない。
【
特筆すべきはその性能。収納された
つまり、その殺傷能力はステータスによってもたらされるものではなく、実際の兵器に準じているのである。警察官の【
「ちょっとアミちゃん! 大人しく保護されたフリしてアイツらのクルマ貰えば良かったじゃないのさ!」
(いやよ。なんで私があんなオッサン臭い車に乗らなきゃなんないの?)
このミニバンは亜美の持ち物ではなく、隼人に狩られた男達が乗っていた車両だ。亜美は男達の顔に全く興味がなかったが、この車両のデザインを気に入って男達のナンパ行為に応じた。隼人が来なくとも、自分の物へとする為に。
(——それに今通った交差点でね? とってもステキな車を見つけたの。乗ってるヤツは冴えなさそうだったけど、オンリーワンなクルマって、魅力的よねー)
亜美が通り過ぎた十字路で停車していたのは、白いスポーツカーだった。屋根やリアガラスの代わりに車体を
しばらく直進する亜美であったが、歩道ギリギリまで車両を寄せ、突然、ブレーキを踏んだ。
勢いよくハンドルを回し、クラッチを切る。そして、サイドブレーキを引っ張った。車両が横滑りする。
アクセルを踏んだ。今まで対向車線であった車道を直進する。「サイドターン」という技術だ。
あごラインで切り揃えられた、亜美の外ハネボブが
「ちょっとちょっと! 壊れた車で何してんのよさ! 危ないでしょーが!!」
(ふふん、どこが壊れてるかなんて、私にはお見通し。できないコトはやらないわ——)
得意げに語る亜美だったが、十字路に目をやり、目を丸くする。
白いスポーツカーが、逆走して来たのだ。亜美の乗る、ミニバン目掛けて。
(ちょっと! どういうこと!?)
二つの車両の速度、その
左ハンドルの白いスポーツカーに乗る者の姿が、目に飛び込んできた。
通り過ぎる時はスーツのような服を着ていたのに、今は、なんというか、「
スポーツカーはミニバンに向けて、真っ直ぐに、突進してくる。
(あーもう! クソ! くそったれえぇッッ!!)
亜美はドアのない運転席から飛び出した。
車両同士が激突する。その
———え? どういうこと? なんで? え? ホロが? 幌が、たたまれている!?
いつの間にかオープンカーと化していた車両から飛び出したのは、その運転者。
甲冑を着込んだその者が、亜美に迫る。
まだ地面に到達していない亜美は、それを避ける術もなく、腕をクロスさせて防御する。ステータスによって強化された亜美の腕が折れる事はなかった。が、その勢いが、その質量が、その衝撃が、亜美の腕を頭部へと押しやる。
飛び出して来た甲冑は、ゲームの装備、【プレートアーマー】だった。
激突のその衝撃が脳へと到達する前に、亜美は確かに、男の叫び声を聴いた。
「————〝騎漢者トーマス〟ッッッ!!!」
(何よ、それ……)
亜美は薄れゆく意識の中で、そう呟いた——————。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます