5「んなワケねえだろうが」

 びゅぅぉぉぉぉぉぉぉぉおおお——ッッ!!

 

 建物達の残骸が、勇吾と隼人、二人が起こしたふんじんの風に、巻き上げられた。

 急激に縮まる二人の距離だが、二人の手を出すタイミングは、と、同様である。

 二人が跳躍していたのならば、或いは片方が通常の人間であるならば遠間から跳んで間合いを詰める事も可能だが、二人の感覚は人間のそれを軽く超越している。前脚を踏み出すタイミングが早過ぎたなら、互いに、容易に、カウンターを合わせられてしまうのだ。

 二人ともそれを理解しているからこそ、距離が近づく限界までしているのである。


 勇吾が右脚で地面を蹴る——その刹那、先に仕掛けたのは隼人の左手。五指に「猫手」を装着されている「ぬき」だ。

 僅か数センチほど浮いた勇吾に、その手が迫る——が、勇吾は右腕で、外から内に。掌を前に大きく出した、手と腕全体で行なう「うちけ」のへんけいだ。

 隼人はバランスをくず、さずに、左腕が真っ直ぐに伸びている。

 直進した勢いと威力を完全にいなす事が出来ず、いなした側の勇吾の方が、隼人の腕の外側に移動していた——しかし、それが勇吾の回避の成功に繋がった。


 ヂュァアアンッッ!


 勇吾と隼人の腕に生じた摩擦が煙と炎を生み出す。だが、今の音は、それだけによるものではない。勇吾の後方にあった粉塵に、隼人の手と同じサイズの「長い穴」が空いた。

 勇吾は動揺していない。

 先ほど【装備】の説明を聞いたのだ。何か特殊な効果があったのだとしても、それは想定の範囲内なのである。隼人も避けられた後のプランは考えていたようで、直ぐに勇吾の手を振り払い左腕を縮めた。

 勇吾が左脚で蹴り上げる——が、隼人の上体は既に、そこにはなかった——そこにあったのは、隼人の両脚の、靴裏である。

 隼人は跳ばずにその場で。脚が地面から離れた瞬間、落下がまだ始まらないその瞬間の時間を使って、上半身と下半身の位置を入れ替えていたのだ。

 みしっ、と脚が音を、勇吾は知覚した——それでも、脚を振り上げる動作を完遂する。

 隼人は両膝を曲げる事で、その威力を。そして、伸ばす。

 隼人が上空へと舞い上がる。

 勇吾の左足が地面に叩きつけられた。が、かろうじて、折れてはいない——隼人が脚を伸ばす前に勇吾は既に、戻す動作へと移っていた。地面に足が当たる衝撃を、その反発を、勇吾もそれを利用して飛び上がった。


 ———良いのかよ? 


 先に飛んでいたのは隼人だ。その軌道や速度を変える事はできない。普通ならば後から追う勇吾の方が有利である。

 だが、隼人はうすわらいを浮かべた。仕掛けるよりも待つ方が、下にいる者よりも上にいる者の方が、相手の事を

 

 ———良いんだよ。


 勇吾は、高速で回転していた。跳ぶ瞬間、既にその攻撃を決定していた。その「びせり」を。

 勇吾の【打撃使いストライカー】は、打撃技の速度や威力をシンプルに底上げするものである。ただし、その【オートモード】は勇吾が「技と認識するもの」を自動的に放つ事ができる、速さと、その両方を高める事ができる【スキル】なのだ。【ヒーロースーツ】で底上げされた身体能力を、更に。


 大気を切り裂きながら勇吾が、隼人に、弧を描くように襲い掛かる——急速に回転するそのボールから、勇吾の脚が、伸びる。


 隼人は、——。


 勇吾の浴びせ蹴りは文字通り、空を切る。

 が周囲のちりを切り、掻き回す。

 回転を辞めた勇吾は「大気を踏んだ反動」で、更に上空へ加速する。しかし——。


 ———だから「良いのかよ?」つったんだよ。


 隼人の気配を、更に上空に、

 

 勇吾が真上に顔を向けた時、隼人は勇吾の背中に、

 勇吾は身体をよじってそれを振り解こうとする。

 しかし、勇吾の右脇を通った隼人の右腕は勇吾の後頭部にまで回り、勇吾の腰から回った隼人の両脚は勇吾の両ふとももの内側に食いついていた。

 振り解くどころか、力を入れるたびに、蛇のように絡みつく隼人が食い込んでゆく。特に頭部は、微動だにできない。右手に装着されている「手甲鉤」の効果によるものか。

 

 ざしゅっ。


 隼人の左手が勇吾の胸から腹を斜めに切り裂いた。コスチュームの割れ目から、血が噴き出る。


 勇吾のヒーロースーツの強度は、ヒーローショーなどで使われるものと同程度しかない。軽さを重視した合成繊維と合成樹脂のそれと同じだ。【ステータス】が反映されたもの同士ならば、それを遥かに上回る強度を持つ金属などには無力、である。

 隼人の猫手は、スーツ内部の勇吾の肉に、容易に達していた。


 ギシュッ。ザシィッ。ズシャッ。


 二人から、隼人の猫手の音が、小刻みに、リズミカルに、鳴る。その度に勇吾の血が飛び出し、空気の抵抗でちゅうに昇る。

 それが致命傷になっていないのは、勇吾の【耐久力】によるものか、単に隼人が力の入りにくい姿勢をとっているからか、若しくは、

 

 やがて勇吾は、暴れる事を辞めた。両腕の力を抜き、両脚もと垂れ下がっている。それらは空気の波に押されて無秩序に、揺れていた。


 ———諦めるには早えだろ? それとも、気持ち良いのかよ、コレ。


 隼人は手を休めず勇吾を切り裂く。

 勇吾からは血が噴き続けるが、突然、


 ———んなワケ、ねえだろうがッッ!!


 ビキビキと勇吾のスーツにが入る。隼人の攻撃による衝撃ではなく、スーツの内側からの力によるものだ。

 隼人の手も止まる。


 隆起した勇吾の筋肉が、スーツを破り、隼人の猫手を食い込ませた。


 土佐犬モード——【HP体力】を削って【パワー】を肉体に反映させるという、一見して見た目を装飾する以外にメリットの無さそうな、以前、勇吾に対してシンが使用した行為である。


 みしぃ——。


 今度は隼人の関節達がきしんだ。

 隼人の腕や脚は依然勇吾に食い込み続けるが、勇吾の増大した筋肉達にも耐久力ステータスが働く。

 それを勇吾のが硬直させていた。リミッターの外れた人間の筋肉は、石のように硬い。そして、そのもその硬さに比例する。死後硬直で棺桶を破壊した者もいるし、大相撲の立ち合いで自らの肋骨を折ってしまった者もいる。


 更に勇吾は、自らの肉が生み出す出力エネルギーを、五指に集中させる。隼人の左膝を、掴んだ。


 隼人の膝が握り潰される。

 隼人の四肢がゆるむ。

 しかし勇吾はゆるまない。

 勇吾は身体を「元のサイズ」に戻した後も、その手に込める力は緩めない。そして左腕を、振り回した。

 隼人の身体が勇吾の眼前に回る。空中であるため、どちらが移動したかを知る者は、この場に於いては互いの【ナビ】のみである。

 そして、隼人の頭部を鷲掴みにした——。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 勇吾は思い切り両腕を、外に開いた。空中では打撃にじゅうぶんな威力を乗せられない。だから、単純なパワーで隼人を、引き伸ばす。

 ごきり、と音をたてながら隼人の関節達が徐々に、外れていく。隼人も全身に力を込めているが、完全にに回っている。

 ヒーロースーツの効果を持ってしても勇吾よりも隼人の方がステータスは上である。しかし、今のこの状態のみで考えたならば、隼人が自らの形状を保つ力よりも僅かに、勇吾のりょりょくの方が、上回っていた。

 

 勇吾は隼人の左脚から手を離し、それも隼人の頭部に据える。

 そして、自らの額を隼人の顔面に、叩きつけた。落下しながら、何度も、何度も、打ち付ける。


 【経験値】が入り、勇吾は、【レベルアップ】した。


 勇吾の変身が解ける。

 再び勇吾は、隼人を持つ腕を振り回し、二人の距離が、再び離れる。

 勇吾は【装備】を換装しない。横でライオウがわめくが、何を言っているのか、聞こえない。そんな、力の抜けた顔を、していた。

 黙って、落ちてゆく隼人を、見つめる。


 この日起こった一連の騒動のきっかけは、隼人だ。その為に勇吾は振り回されながらも動き、シンもそれに便乗し、次第にその規模は、拡大した。

 

 ———それが、これで終わり。あまりにもあっけねえ。


 勇吾がそう思った時————。

 

 ッタァァァァンッッ!


 乾いた音が鳴った。

 右肩に感じる熱さに気づくと同時に勇吾は、この光の少ない暗がりの中で、鼻が潰れ前歯の折れた隼人の薄ら笑いを、確かに、見た。

 

 ———へへへ、

 

 

 第八話 THAT GIFT IS YOUR FACT. THE GIFT IS FREAKED OUT. 終わり。

 


 

 

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