4【中級忍者セット】
勇吾は隼人達が乗るミニバンを目で追いながら、その方向にあるビルの壁を蹴破って、中へと入る。
直ぐに屈んで姿勢を低くした。
ビルを削りながら、切断しながら、無数の鉄達が、勇吾の頭上を通り過ぎる。
もう何度目かもわからない、そんな作業だ。勇吾のいるフロアの壁が傾き、ゆっくりと崩れていく。
勇吾は床を叩き割り、下の階へと移動した。
逃げるのは隼人達であるが、隼人の武器は、勇吾を自動的に追ってくる。ならばいっそのこと低い位置で切り崩してくれた方が、
「勇吾ぉ! 着替えの時間だぜぃ!?」
(くそ、もう四着目かよ)
自身の【ナビゲーター】ライオウに知らされた勇吾は、一瞬だけ「変身」を解く。
そして直ぐに「コスチューム姿」に戻った。デザインは微妙に異なるが、これも勇吾の【装備】、【ヒーロースーツ】である。
勇吾は、行きつけのパチンコ屋に無断駐車してあったオートバイを取りに行くついでに、強引な方法でパチンコ球を手に入れた。そしてバイクで移動する途中、何度もスーツの時間制限により、停滞する事を余儀なくされていた。
見かねたライオウは勇吾に「レベルアップ」を薦めると同時に、とある提案をする。それは、溜まったスキルポイントを【転職】や【中級装備】に使うのではなく、複数のヒーロースーツに使うという提案だ。
ヒーロースーツの時間制限は5分、
勇吾は異論なく、ライオウの指示に従った。勇吾には【
集中している間、勇吾は、善も悪も関係なく、目的の為に動く事が出来るのだ。まさに自覚のない悪党である。更に、競技場に敷かれたマットの上で闘っている時とは違い、ライオウと相談しながら戦う事が出来る。
「——エイッ! シャラァ!!」
勇吾はフロアの内側から、壁を蹴った。壁は割れ、ごつごつとした瓦礫が宙に浮かぶ。
それらを投げつけ、それらを蹴飛ばす。隼人のいる方角へ。
遠くで隼人が、余裕そうにそれを避ける様子が目に映る。
勇吾はミニバンを狙ったつもりだったが、そのドライバーにも「運」が備わっているという事だろう。簡単には当てさせてくれない。
(やっぱ近づくしかねえか)
「逆に山とかの方へ離れるってのははどうだー? 今なら隼人もお前さんの事無視はできねーだろー?」
(いや、駄目な気がする。たぶんガードレールとか橋みてえに、隼人の武器になりそうなもんがあるんだろうな)
「あ、ちげーなー? その方があの車も移動しにくい筈だー。それが駄目っつー事は
(俺もレベル上げした方が良いかな?)
「いや駄目だー。先にあの鉄クズに食われちまうぜぃ?」
幸いな事に今、隼人達は人よりも鉄の多い場所へ向かっている。数多くの倉庫が立ち並ぶ区画ならば、勇吾も幾分かは戦いやすい筈だ。
しかし、逆にそれは隼人の自信を表していた。それで勝てる、という自信。
(俺はこのまま追いたい。『嫌な予感』はするけどよ)
「行け! オイラがその予感ってヤツを吹っ飛ばしてやる! 大丈夫だ! お前さんなら出来る——!」
追わずに逃げる、その方が安全だ——その考えもライオウにはあるが、勇吾には言わない。何故ならそれは、山本に追われる事にも繋がるし、何よりも、「勇吾の思いを尊重する」のがライオウの方針だ。
自分達が生存する事と、後悔しないようにする事、そのバランスを、ライオウは常に考えている。勇吾もそれを、信頼していた。
「奴さんらだって全部思い通りにも運通りにもなってねー! 奇襲が成功したのが良い証拠だぜい! 余裕そーなヤロウの頭ン中を、パンクさせてやる!」
(そうだな、サンキュー!)
ビルから飛び出した勇吾は、他の建物へは移らずに、路面へ降り立った。
隼人の【
それに合わせて路面が盛り上がり、路上駐車された車両達も浮き上がる。
が、勇吾の走るスピードの方が速い。
勇吾はそれらを置き去りにして、鉄クズを巻き上げる逢魔平手裏剣の下を、走り去った。隼人の武器のタネがわかった今、最良の選択である。
鉄クズでできた
勇吾にとってその僅かなタイムラグが、隼人への距離を縮めるチャンスなのだ。
(ふふっ、初めから、こうしてれば良かったんだよなぁ!)
「楽しむのはいーが
(ああ! わかってるって——!)
勇吾は鉄クズ達に破壊され、まだ落下している最中の瓦礫達を、走りながら次々と蹴る。鉄が含まれるものは隼人の武器に吸い寄せられるが、そうでないもの達は
まるで
勇吾は高速で前転するように跳んだ。
勇吾の下を鉄クズ達が通り抜け浮上し、また角度を変える。
空気抵抗を利用した勇吾の身体は通常よりも速い速度で落下する。ピッチャーが投げる「フォークボール」と同じ原理である。考えたわけではない。瞬時に「そうしたほうが良い」と思いついただけだ。
様々な物理法則を味方につけ、勇吾は進み続ける。確実にミニバンとの距離は縮まってゆく。車両に近づきさえすれば、隼人はこの武器を消すしかない。
勇吾は逢魔平手裏剣を攻略していた。
——隼人にも伝わったはずだ。
ミニバンに近づくにつれ、嫌な予感はワクワクへと変化していく。
不意に、円盤状に纏まっていた鉄クズ達が、ばらけ始めた。
ドドドドドドドドドドドドド——ッッッ!!
鉄クズ達が四方八方に降り注ぐ。
勇吾は既に跳躍して高い位置に舞い上がって避けていた。
その勇吾に向かって大きな瓦礫が飛んで来る。隼人を感じる方向から。
勇吾にはシンが持つ【
空中で軌道を、変えられない。
「シィィィッッ!!」
勇吾は空中で瓦礫を殴った。
が、表面に小さなヒビを入れる事は出来たものの、砕く事ができない。逆に、殴った勇吾の拳が砕けた。
「くくっ、踏ん張りが利かねえのに、やっぱ凄えよ、お前は」
瓦礫の裏から声がした——瞬間、瓦礫がざくっと切れた。「その刃」は勇吾の腹を切り裂く。
勇吾は
目の前に、隼人がいたからだ。
二人の感覚ではゆっくりに思えるスピードで、二人は落下してゆく。
「へへ、ようやくだぜ。隼人ォッッ!」
まだ腹が再生し切っていないのに、勇吾はマスクの下で笑った。
隼人がまた「それ」を振るった。
だが、今度は反応できる。
勇吾は、その丸い刃を持つ小さな
「おーおー、やるねえ? ところで『しころ』ってわかる? ハッ! 知るはずねえよなぁ? 俺もさっき知ったんだからよお——?」
勇吾は空中で、左脚で蹴り上げる。右脚を下げる反動を利用して。
隼人は刃が着いた「メリケンサック」のように見える物で、それを止めた。
反動で、二人の距離が開く。
「今のは『
「……地味だな」
勇吾は素直な感想を言ったわけではなく、一応の挑発だ。
だが隼人はそれに怒る様子もない。
勇吾は変身を解いて服の隙間から【アイテムポケット】で二リットルのコーラを出して飲み干し、「次のスーツ」へと換装する。腹部は既に再生していた。
「ははっ、お前もそう思う?【Bランク装備】だからちょっと期待してたんだけどよ? 【中級忍者セット】ってのは工具みてーな道具ばっか。場合によっては初級やあの鉄クズよりも強えんだろうけどな。俺が気に入ったのはコイツとコイツ——」
「はっ、厨二病かよ?」
二人はまだ着地していない。
隼人の左手の鉄拳は消え去り、代わりにそれぞれの指先に、小さな爪の様な刃が装着されていた。右手の甲からは長い
「そう言うなって。さっき見た通り、コイツらにはちゃんとステータスが働く。左手のが『
「なんでわざわざコッチに来たんだ?」
地面が、二人に迫る。
「いやあの武器、派手なだけで使えねーと思ってさ。お前も見切ってただろ? やっぱ信じられんのは自分のカラダと汎用性、ってね。さて、合図が来るぜ?」
隼人は自信満々だ。
それを見て勇吾も楽しく思う。
「ふふ、そうだな——!」
着地の瞬間、二人は同時に、距離を詰めた————。
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