第八話 THAT GIFT IS YOUR FACT. THA GIFT IS FREAKED OUT.
1 ミニバンに、近づきたいのに、近づけねえ!
自身の職場のある一帯が更地になる数分前、
この街の道路のあちこちで火の手が上がり、彼がオートバイで走る道路の対向車線には壊れた車両たちが大量に並ぶが、其処に火の手は上がっていない。この壊れた車両たちは全て、隼人ではなく、勇吾が壊したからである。
——自分が隼人と戦うには【レベル】が圧倒的に足りない。
そう自覚した勇吾は、他者を蹂躙する決意をした。自分も含めた【プレイヤー】の全ては【チュートリアル】を経てこの世界に存在している。それは皆が、初期値よりも一つか二つ、或いは三つほどレベルが高い事を意味する。自分のように練習を複数回重ねた者もいるかも知れない——勇吾はそのような予測を立てた。そういった者達を、自分が蹂躙する事は可能か——。
可能である。
勇吾の持つ【ヒーロースーツ】がそれを可能にするのだ。そのスーツは使用者の【ステータス】を1.5倍に引き上げる。例えば【力】が100の者がいるとし、その者がヒーロースーツを装備したならば、150にまで上昇する。それはレベルを数段、引き上げるに等しい。勇吾はそのステータスによって生み出された圧倒的な身体パフォーマンスによって、低レベル者達を蹂躙した。
だが、殺してはいない。
パチンコ店を襲撃して、簡易的な武器を獲得したあの時も、車両のボンネットに衝撃を与えてドライバー達をエアバッグで気絶させたあの時も、急所は外し逃げ道も与えた。
自身の【ナビ】ライオウの助言により、死なないように配慮したのである。
——何故か。
それは勇吾にもわからない。スーツで素性を隠していたとはいえ、暴行を加えた者達を生かしておくのはマイナスだ。報復されるリスクもあるし、勇吾のその罪を真似する者も出てくるだろう。
それでも、殺さなかった。
何故ならそれは、勇吾にとって、余計なことだったからだ。勇吾にとって重要なのは、隼人を倒し生かして山本の前に連れて行くこと。それ以外は、どうでも良い。どうでも良いから、殺す必要もない。
勇吾は何も考えていないわけではない。しかし、自分にとって必要のない事は、一切考えない——そういう男、なのである。
——今俺は、どうすべき、だ?
迫る巨大な
その手裏剣は、ミニバンの
それでもわざわざ隼人が投げて寄越したものだ。何かあるに違いない——。
勇吾はバイクを蹴った。
そして、跳躍する。
勇吾が自分のスピードよりも劣るオートバイに跨っていた理由は二つだ。
一つは【
二つ目は、飛び道具として、である。
大部分を金属で造られているオートバイには単純に質量があり、更に内部にはガソリンが溜まっている。勇吾の身体能力を持ってすれば、火炎瓶よりも手榴弾よりも、そして
その使い道に勇吾は「今を」選んだのだ。正確には、勇吾の
隼人の立つミニバンへ一直線に、勇吾のバイクが飛んでゆく。しかし——。
巨大な平手裏剣の回転速度が増す。
バイクの飛ぶ勢いが、弱くなる。
「おい
「もうやってるわよッッ!!」
隼人が怒鳴ると、車内で運転している
バイクの軌道が上方に
その破片は、ミニバンには向かわない。全て、平手裏剣へと向かっていた。
そして手裏剣の近くへ到達した破片達は、手裏剣の周囲を土星の
その手裏剣も徐々に分解され、破片達と混ざり合い、街灯の光を反射し回り続ける円盤となった。
(なんだ、こりゃあ)
街灯へ飛び移った勇吾が心の声を漏らす。
ミニバンが勇吾のいる街灯を通り過ぎた。
「コイツはBランクの武器【
勇吾の疑問に、ライオウが応える。
【装備】にはランクが存在し、そのランクごとに性能が調整されている。Bランクは強力な効果のある武器にも使用者のステータスが多分に、反映される。
上方に逸れてミニバンをかすめた勇吾のバイクも、完全に勢いを無くし、手榴弾の破片と同じように、逢魔平手裏剣へと向かった。
ヂュイィィィィィインッッ!
ゴッガッガッガガガガガガガガッッ!
ギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥワッッ!!
シュゥゥゥィィィィィィィィィ————!
無数の破片の集合体である回転する円盤にバイクは、削られ、砕かれ、磨かれ、混ざり、円盤の一部となる。ボゥッと一瞬上がった火炎は、飛び散って気化したガソリンに火花が引火したものだ。ゴムの焼けた煙も霧散した。
ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン————!
円盤が、広がる。
停車した車両群、道路脇の街灯柱や植えられた木々、ビルなどは、障害にすらならない——逢魔平手裏剣はその円を広げながらミニバンの後方を進む。
ビルが次々と薙ぎ倒される。
勇吾は柱を、ビルの横壁を、障害物達を蹴りながらミニバンを追う、が、ミニバンもスピードを緩めない。勇吾は足場の悪さや空気抵抗で、途中の減速を余儀なくされている。
そして、戻って来た。巨大な円が。
勇吾の背筋に悪寒が疾る——勇吾は横壁を上へ向けて蹴り、下方へと落下した。
ビルが斜めに切り裂かれ、円盤は縮み、其処を通り過ぎる。
そして、縦に回転しながら戻って来た。
再び円が、広がる。
「勇吾ォ! こりゃー磁力だッ!! 見ろ! あの円盤の中にゃービルや柱の
(じゃあなんで俺を追って来るんだよ!?)
「知らねーよ!!」
そして勇吾が、落下の終点であるアスファルトへ着地しようとした時——。
アスファルトが割れ、コンクリートの塊が飛び出した。
道路の地下では水道管や下水管、電話回線などのメタルケーブルや光ファイバーなどが数多く走っており、その内の下水管は、現在でも「鉄筋」コンクリートを使われているヒューム菅が主流である。
つまりこの場合、勇吾にとっては
コンクリートの塊が割れ、汚水や粉塵を撒き散らし、分解された鉄屑達が、勇吾を襲う。
(こんなもん喰らってたまるかよ!)
勇吾は飛び出たコンクリートをミニバン方向へ転がり、全力で駆けた。
それを、空からの撒菱たちが阻む。
「ちぃぃッッ!!」
勇吾は真横に身体を倒し、左へ方向転換した。
それを、対向車達を構成していた鉄屑が追う。
勇吾は跳び、直近のビルの三階窓を破って中へ入った。壁を壊しては次の部屋へと移動し、窓を壊しては隣りのビルへと移る。
そしてその後に、無数の鉄屑を取り込み更に巨大になった逢魔平手裏剣の撒菱たちが襲いかかる。
——ミニバンに、近づきたいのに、近づけねえ!
ミニバンに近づきさえしてしまえば、隼人の武器は、自分を追っては来れない——それがわかっているはずなのに勇吾は、鉄屑から逃げる事を、余儀なくされている。
街そのものを蹂躙する撒菱たちの破壊力は、隼人の今のステータスの高さを物語っていた。
——どうして、だろうな?
勇吾は自問した。
それはライオウにも聞こえているが、彼は答えない。
——なんで俺はこんな目に遭ってるのに、頬がつりそうになるほど、ニヤけてるんだ?
それは、障害、天才、ギフト、などと様々な呼び方で語られるが、勇吾のそれは——。
——そう呼ぶのが一番、相応しいのだろう。
勇吾の全てを識る者として、ライオウは、そんな感想を勇吾に、抱いたのだった。
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