5 茶番。

「なん、だ。これ、は……」


 ささがわ巡査部長は、白黒で塗装された緊急車両から降りるなり、そう言った。

 何も、ない。

 ビルが、家が、電柱や街灯、そして道路や、それらを区分けるへいや、植え込みなどが、何もかも。

 あるのは、本来のしょくせいを無視して生える雑草や木や花、その下に広がる、砂の大地。


「今夜はいったい、何なんすかね……」


 遅れて車両から降りたもりやま巡査も、同様の感想を述べる。


 先々日の真夜中に、彼らもこのゲームの【プレイヤー】となった。他者を打ち倒す事により自身を強化できる、という設定が導入される事にこの国の保安を担う彼らは警戒を強めていた。だが、その夜明けである昨日は、多少の騒ぎがあったものの、いたって平凡だった。数件の、このゲームの影響が疑われる事案が発生したのみである。とても日常が変わった、などとは云えない規模の。

 しかし、二日目になった今日、彼らの不安は現実になる。


 昼間から商店などで暴れる者がいる。

 近所で争う者達がいる。

 家族が見知らぬ者に殺された。

 などなど、市民からの通報が鳴り止まない。


 彼らは【公務執行妨害妨害オミット メント】という【スキル】を持っている。彼らの半径十五メートルにいる者達のスキルと【ステータス】を封じる【特殊スキル】だ。それは【転職】したとしても公安職に現役で就いている者であれば、誰でも使えるスキルである。彼らは昼間、そのスキルを駆使して大量の仕事をこなした。

 それでも、このスキルがある限り自分達の目に着く場では犯罪行為は行われない。だから、見回りを強化すれば、問題はない。市民の安全を守れるならば自分達の労働量の増加などまつなものなのだ。

 そう考えていた矢先——。

 街中の交番が、何者かに、爆破された。

 街中のいたる所で爆音が聞こえる。

 炎や煙も街中で昇っていた。

 ヒステリーを起こしたかのようにやかましかった、、減ってゆく。

 また新たな爆音。

 また新たな出動要請。

 そして、目まぐるしい出動先の変更。

 自分達と同じように駆り出され、停まった車達に足止めを喰らう消防車や救急車のサイレン——それらが消失する音。

 

 昨日は穏やかだったのか。

 何故、今日はこんなにも、こんなにも。

 人々が理性や不安で抑えていた、好奇心が、欲望が、感情が、不満が、怒りが、快楽が、爆発したとでもいうのか。

 今、自分の目の前に広がる、この光景は何なのか。


 二人の警察官は、まさに、途方に暮れていた。

 

「おやおやダンナ、一台だけかい? ここらでは一番でっけえ騒ぎだったハズなんだけどよ。俺らの喧嘩」

「——!?」


 笹川は声の方へ向けて拳銃を抜いた。


「くくくく、良いねえ? やっぱ日本の警察マッポは適応力が違う」


 そこに居たのは山本だ。

 笹川と守山の二人には知る由もないが、破けていたスーツも元通りになっている。


「こ、コレは、お前の仕業か!?」

「おいおい、声がぜ?」


 その時——。


 ドンッッ!


 守山が、引き金を引く。

 金属がぶつかり合う音と火薬が炸裂する音が同時に鳴り、シンプルな銃声をその場にいる者達に聴かせた。

 弾着は、山本の胸だ。右でも左でもなく、ど真ん中。


「守山!?」

「部長! 聞くまでもないっすよ! コレはコイツがやったんです!【武器】を出される前に、やるしかねえ!」

「しかし——」


 守山の判断は正しい。

 公務執行妨害妨害オミット メントはスキルとステータスを封じはするが、それ以外を防ぐ事はできない。どんな武器を使って、どんな方法で、自分達の目の前にいるこの得体の知れない男が、この異常な光景を作り出したかわからない以上、速やかに無力化する必要がある。幸い、【クントゥム】を壊しさえすれば、皮肉な事に、山本を殺傷した事は隠蔽できるし、今の街の状況下では、数発の銃弾の発砲も、不自然にはならない。

 相手が山本でなければ、の話だが。


「クックック、ひひひ、ふふっ。お巡りさんよ、中々ひでぇ事するもんだねぇ?」

「なっ!? ど! どういう事だ!?」


 ——公務執行妨害妨害オミット メントでステータスは封じているハズだ。【耐久力】や【HP体力】も。

 胸を撃たれて何故コイツは平気なんだ——。


「くく、たとえばよぉ? 犬とか猫が万引きとか暴力沙汰を起こして、逮捕出来んのかい?」

「は?」

「ああ、似たような事はできんだろうけどよ、人間の法律で、裁けんのかい?」


 ——ドンッッ!!


 今度は笹川も拳銃の引き金を引いた。

 山本の顔面に。


「ぐ、ぐっぐっぐ。ぐぐ、くくくくく——話は最後まで聞けって。ひひひ」

「うっ」

「要するに俺ァ人間じゃねぇってハナシさ。保健所の連中なら、なんか出来んのかもな。でも、アンタらには、無理なのさ。くくく」

「黙れっ!!」


 尚も二人は山本に銃弾を浴びせる。そして——。


 ぐしゃ。

 

 笹川が棘付きの黒い球に、潰された。

 笹川が、消滅する。


「黒岩ァ、それじゃゾンビに出来ねえだろうが」

「ぶ、部長?」


 突如現れた黒岩と、先ほどまで笹川の居た位置にある黒球を交互に見ながら、守山が声を漏らした。


「アニキ、すいませんねぇ。不器用なもんでして」

「まあお前らしいっていやあそうだけどよ。佐藤、手本を見せてくれ」

「ハ、イ。や、まも、と、サン」


 守山の背後に、顔面蒼白の【屍人】となった佐藤が出現する。そして、守山の首筋に噛み付いた。

 

「がっ!? や、やめ——!」


 守山の肉がそのまま佐藤に食いちぎられ、赤い鮮血がほとばしる。

 守山の首筋は再生を始めるが、その時には顔面に噛みつかれていた。

 その部位も再生を始める。

 が、別の部位を食われる。

 佐藤にも、銃弾が効かない。

 やがて、守山は、動かなくなった。


「佐藤にお手本をやらせるなんてアニキ、嫌味、ですかい?」


 先ほどまで、山本と戦いを繰り広げていた黒岩であるが、今は山本の下僕だ。黒岩であって、黒岩ではない。


「そうじゃねえさ。単なる『チームワーク』の確認だよ。くくくく」

「や、やまもと、サン。コイツのク、ントゥム。食って、良いですか?」


 佐藤が黄色い眼で山本を見る。


「あ、悪りい。別のヤツやるから、ソイツは我慢してくれ。コイツにはよ?【ゾンビメイカー】になって貰わなきゃだからな。コレでこの街の警察サツも俺の、いや、俺達のもんだ。くくくく、ひひひひ、クックッククックック」

「ハ、イ」


 佐藤は守山の胸を食い破ってクントゥムを露出させ、それを抜き取っててのひらに載せた。

 守山が外に放出した血液もろとも消滅する。

 返り血を浴びた佐藤も、元通り綺麗な、蒼白の顔を見せた。自身の掌をただただよだれを垂らして見つめている。


「アニキ、勇吾のヤツが戻って来たらどうします?」

「ああ、そういやそうだな」

「あいつは、ゾンビにはしねえほうが良いと思います」

「ほう? なんでだ?」

「なんとなく、です」

「くく、あつし、悪かったな」

「何がです?」

「いや、お前さんが面白え事言えるの忘れてたぜ。ゾンビの影響か?」

「何を仰います。元からですぜ? 俺が面白えのは」

「くくくくく、クックック」


 これは、茶番だ。

 山本の作った茶番。

 そして、これから、この茶番はより大きなものとなって、世界をおびやかす。

 だがそれは、まだ先の話————。



 第七話 CARE FREE WORLD DOMINANT LIFE. 終わり。



 

 

 

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